夏期講習終了!

本日で中3受験生の夏期講習が全て終わりました(^^)/

 

コロナの都合で日程も直前までバタバタになり、本当に初めはどうなるかなと思っていましたが、ふたを開けてみればとても良い会になったと思います。生徒たちもみんなよく頑張りました。

 

夏期講習としては終わりましたが、大切なのはここからです。生徒たちの勉強はまだ続きます。夏期講習で伝えた勉強への姿勢を維持したまま勉強を続けていってもらいたいです。これからまだまだ伸びると確信しています。

 

毎年、夏期講習が終わる時に一抹の寂しさのようなものを覚えます。大きなイベントが終わる「祭りの後」のような気持ちや、この子たちに関われるのも残り半年なのかという湿っぽいものも感じてのことでしょう。しかし、今年は中3理社特別講座で土曜日に集団授業をしていて、集団授業好きの私としては、楽しみがまだまだ続きます(^^)/ 夏期講習を経て、雰囲気もちょっと変わるかなと思っていて、これもまた楽しみです。まだの人で参加したい人がいたら言いに来て下さいね。こちらも全力で行っています!

 

ここからは中学生の中間テストです。また集中して頑張ります。

柔軟に対応できるようになる

高3生の英語長文の指導をしていて、初見の文章を訳させてみるといろいろなことが分かります。

 

例えば英単語についてですが、単語帳は一通り身に付けている生徒でも、実際に英文の中で上手に使えていなかったりします。

 

単語の意味は言えます。でも英文を訳すときに出てこなかったり、ちぐはぐな訳になってしまいます。生きた単語力になっていない感じです。

 

単語帳だけの練習だと、1問1答式のようになってしまうのかも知れません。文脈で意味を少し変えてみたり、その前後で判断してみたりするといったことがまだまだです。例えるなら、テニスでラケットを振るフォームはしっかりできているのですが、飛んできたボールに当てられていないような感じです。

 

きっと、英文を読んでいくうちに少しずつ蓄えた知識の「使い方」が分かってくるのだと思います。臨機応変に対応する練習を積ませたいと思います。

小さな塾だからできること。

人は環境によって良くも悪くも変わると思います。

 

もくせい塾の自習室利用状況ですが、在籍する生徒の8割が毎日自習に来ます。これは小学生も含めての数字です。中学3年生には基本毎日来ることをお願いしていますが、他の学年にはほとんどそういうことはありません。そう考えるとこれはなかなかすごいのではないでしょうか。

 

「自習室完備」を謳っている塾は多くありますが、その自習室の利用状況はまちまちだと思います。私が前に勤めていた個別指導塾では受験直前期(12月くらい)になると全席埋まる日があるといった感じで、その時に在籍生徒の3割弱くらいの利用率になっていたと思います。もっとも、母集団が多かったので全員分の自習席は用意することができず、キャパの問題もあったと思います。(当時本部の了承も得ずに講師の控室を改造し、勝手に自習席を増やしていました。他の塾長の方もやっていてバレて怒られていたので、ダメだったんでしょうねあれ(^_^;))今のもくせい塾は非常に生徒数の少ない塾なので、良くも悪くも上記のような数字の達成が可能になっています。

 

もくせい塾は指導スペースの4倍の自習スペースを設けていますが、それも定期テスト前には満席になってしまいます。現在ビルの3階を借りていますが、2階でやっていたときの2倍の広さ(家賃も…)です。こう考えると、塾生の人数は2階でやっていたときと大差ないので環境によって生徒のほうが「変わった」と考えることができそうです。生徒たちが自ら勉強に来るようになったのでしょうね。

 

自習室のある塾に通わせたのに子供が自習に行かないという保護者様のお悩みをよく聞きますが、自習室にはイスと机の他に、「雰囲気」も必要だと思っています。みんなが当たり前に自習にくる雰囲気、これこそが塾に必要な環境だと思っています。

笑い疲れた日

今日も中学生の夏期講習を朝から行いました。

 

世間では4連休のようですが、もくせい塾の受験生たちは夏期講習でした。本当によく頑張っていると思います。

 

ちょっとねぎらいの意を込めてじゃないですが、午後のテストの時間に少し勉強を絡めたレクリエーションのようなものをやりました。かなり盛り上がったので良かったです。30分くらい全員ずっと笑いっぱなしだったので、その後の授業や自習で疲れてぐったりしちゃってる子もいました。…ちょっとやり過ぎちゃいました(^_^;) 今日はぐっすり眠って下さい。

 

受験勉強が辛いだけのものではなく、時には楽しい思い出も残ればいいなぁと思っています。何かに対して本気の仲間と過ごす時間はかけがえのないもので、そうそう得られる経験ではありません。彼らがのちのどこかで、このもくせい塾で過ごしたことを思い出してくれれば嬉しいなぁと思います。今は夏期講習で中3の生徒たちの雰囲気もとても良いものになっていて、このまま講習が終わってしまうのがちょっと勿体ないくらいです。夏期講習は残り2日、最後まで走り抜けましょう!

ステップを踏むのが大切

昨日の夏期講習では日程的に暗記テストを行わない日だったので、その時間を使って普段できないことをやりました。

 

そのひとつが面積パズルです。四則計算が分かる小学校低学年からできるものなのですが、これが良く練られた問題ぞろいで中学生も苦戦します。頭をモッツァレラチーズのように柔らかくして考えないと答えが出せません。しかしこのパズルを続けると、図形に対する見方が代わります。柔軟性が身に付きます。みんな楽しそうにやっていました(^^♪

 

そして英語の授業の時に「途中式を書く」ことを伝えました。英語なのに途中式とはなんでしょうかという話なのですが、よく能動態と受動態の書き換え問題に疑問文があります。その疑問文の問題は一気に答えを書こうとせず、「まずは疑問文を肯定文に直し」てから態を変え、そしてまた疑問文にするという手順を踏ませました。

 

能動態の疑問文→能動態の肯定文→受動態の肯定文→受動態の疑問文

 

というように、少し回り道をさせます。数学で暗算をしようとする子もそうですが、まだたいして計算力が無いのに楽するために暗算しようとして間違えるような場合は、途中式をきちんと書かせるに限ります。上記の英語でも同じことで、一気に答えを書こうしても英文法がそこまで強くない場合は間違えてdoを先頭に書いてしまったりします。だから、英語でも「途中式」なのです。

 

少し思考がジャンプするような場面では、きちんとステップを作ってあげることで間違えずにできるようになります。1段飛ばしはもっと慣れてからやるようにしていきましょう!

小論文の添削

小論文の添削指導が好きです。

 

扱う小論文はあくまでも試験なので、指導では試験で点が取れるように構成の型などを作ってしまいがちですが、とどのつまり、読み手(採点者)を納得させられるかどうかというところにかかってきます。

 

設問に対して正しく返答できているか、それが理にかなっている内容か。たったそれだけのことですが、高校生がいざやってみると意外と難しいようです。初めて答案などを見てみると論文の形になっていればまだ良いほうで、素っ頓狂で答えになっていなかったり、支離滅裂だったりして、毎年なかなかに「熱い」ものが見られます。それをトンテンカンテンと叩いて形にしていくのですが、私は型にはまった文章よりもこの何も手を加えられていないもののほうが好きで、直してしまうのが勿体ないなと本当は思っています。でも、大学入試で必要なものですからね。

 

人に見せる文章を書くのは難しいです。私も普段ブログを書いていて、どれだけ読み手の読解力に頼り切ってるんだろうかと思っています(^_^;) きっと小論文を学び始めた高校生たちもまずはそれを感じると思います。思っていることを表現しきれないもどかしい気持ち。自分の中では理屈が通っているのに、添削を受けると直しで真っ赤っか。文章ってなんて難しいんだろう。

 

でも練習していくうちに技術が身に付き、自分で言葉を操れるようになってくると今度は「楽しさ」を感じられるようになります。何より自分の文章を「誰かに見てもらえる」ことの喜びを知ることになります。そういえば私も、文章を書くのが好きになったのは大学生になってパソコンを手に入れてからだなと思い出しました。それまでは文章を書くことは苦痛でした。今では人が苦心して書いた文章に偉そうにペンなんていれちゃってますが、かつては私も支離滅裂の素っ頓狂でした(今もそうかも。)。

 

勉強こわい

各中学校・高校の中間テストまで、およそ1ヵ月前となりました。このあたりから準備を始めていきたいところです。

 

定期テストの勉強はまずはワークを一通り埋めてしまうことからです。何度も反復するための準備でもありますし、今回のテストの全体像をつかむ為でもあります。どんなことを勉強すればよいのかが分かれば、どのくらい時間をかける必要があるのかが分かります。

 

テストで点を取れない生徒の多くが、全体像をつかまないままテストに突入していると思います。ゴールが分からないまま進んでいる。(もしくは進んでいない。)だから勉強の勘所をつかめないままテストに臨み撃沈します。人は自分が知っていることに対して興味を持つ傾向にあるそうです。一度見た映画や読んだ本をまた見たく読みたくなったりするのはそのためだとか。勉強でも、まずはサラっとでいいので範囲の内容を全てさらってしまってからの方が、何も知らない状態で進むよりも興味が湧いて進みやすいです。

 

入塾希望の保護者様から、「ウチの子テスト前でもダラダラしていて、提出物のワークもギリギリになってやっと答えを見て埋めて提出するくらいなんです。」という話をよく聞きますが、これもそうなんじゃないかなと。もしかしたら勉強に対しやる気がないのではなく、知らないことが「怖い」と感じている子もいるかも知れない。だったら知ってしまえばいいだけのことです。まずは全体像を見せてしまう。そこから少しずつ深めていけば前知識があるので怖くないですし、興味も持てるかも知れません。

 

少しテスト勉強の話からそれますが、勉強が苦手で意欲を無くしてしまっている生徒に対して、もう一度戻ってくることが前提で「直しなんてやらないでいいからどんどん進んでみよう」と言うことがあります。とりあえず進んでみて振り返った時に、「これは知ってるぞ。」となると結構頑張ってくれるものです。はじめからガッチリ解けるように指導して間違えたところを指摘し、「次は絶対に解けるように」と圧をかけながら指導してしまうと、間違えることが悪いことのように感じてしまうかも知れません。そして「勉強怖い」となってしまいやる気を無くしてしまう気がするのです。

 

間違えたり正解したりするから勉強は楽しいと感じられるもの。新しいことを知って自分が成長するのが嫌な人はいないと思っています。ですから勉強嫌いの子って、間違えたときに嫌な思いをしたとか、そういうことが原因のことが多いんじゃないかなぁと考えています。もちろん期限のある勉強もあるので全てこのようにはいきませんが、「できなくてはならない」は子供ではなくその周りの大人の都合です。だから、「間違えてもいいから先に進もう」と伝える。その先にもう一度同じ分野を設定したりして周りの大人が汗かいて工夫してあげれば、まあなんとかなるかなと思っています。

まんじゅう超こわい

小学5年生の国語では、ちょうど落語「まんじゅうこわい」のあたりを通り過ぎました。

 

小学生にもこのユーモア分かるかなぁなんて思っていたのですが、意味が分かると(・∀・)ニヤニヤ としてくれるので、「ああ、伝わった。」と安心します。

 

ボソッと、「先生は今カレーライスがこわいよ」なんて言うと笑ってくれたりして、なんだかほっこりします。

 

どうも世の中はAと言ったらAだと受け取ってしまう風潮が大きくなってきていて、こうした言葉の裏を読み取ったりするようなセンスが通じにくくなってきたように感じます。

 

夏期講習などをしているときに、どんな笑いが中学生にはウケるかなと思ってアレコレ試しますが、やっぱり変な言い方とか表面的なのが一番ウケます。一方、私の渾身のジョークは今の子供たちには深すぎてすでに通じず、寂しい限りです。小粋な言葉遊びを披露してもみんな「?」です。子供たちにはもっと語彙力を付け、言葉のセンスを磨いて欲しいなと思っています。(私がただスベり倒しているだけということは無い…はずです…よね?)

第4回北辰テスト

第4回北辰テストが返却されました。

 

前回よりも平均偏差値はだいたい2ポイントの伸びでした。しかし前回までは自宅受験だったことや、新たに受験者数が増えたことなどを踏まえるとちょっとよく分かりませんが、継続して受けている生徒ごとに見ると伸びている子が多くて安心しました。夏期講習の効果も出ていそうです。しかし下がってしまった生徒もいるので次にリベンジしましょう。

 

全員ではありませんでしたが、今日は塾に来た順に呼んで北辰テストの結果から勉強のアドバイスをしていきました。その中で、受験校の質問や勉強の内容についての質問なども出てきました。日ごろはあまりできることではないので良い機会だったと思います。今後に生かして頑張っていってもらいたいと思います。

勉強は、勉強だけを教えていても伸びない。

中3の夏期講習が残るところあと5日となりました。学校も始まり、飛び飛びの日程だったのでどうなるかなとは思っていたのですが、良いところもありました。

 

その1つは、暗記テストを長期間にわたってできたことです。夏休み期間に凝縮して行うよりも、2ヵ月間に渡ってずっと行ってきたので定着もだいぶ良いように感じます。同じ内容を2周3周と繰り返していることも良い方向に働きました。今年の3年生は例年に比べ暗記がの定着もスピードも遅かったです。漢字テストなど、書き物の出来は良いのですが、暗唱をさせると言えないというのが夏期講習初めの頃の印象でした。それまで音読など声を使った勉強の経験があまりなかったのだと思います。

 

ですが環境に適応するものですね。今はずいぶん慣れてきて、去年までの受験生と比べても遜色なくなってきました。平均的な学力の伸びはもしかしたら一番になるかも知れません。真面目にコツコツやるタイプが多いので、そういう子が要領の良さを身に付けつつあるという感じです。本当に勉強は「音読」を取り入れるべきだと思います。そうすれば様々なことに対してスピードが向上します。

 

逆説的な言い方ですが、例えば勉強が苦手の生徒が勉強を教わってもなかなかできるようになりません。それは、勉強の周辺の状況が良くない場合が多いからです。暗記力が弱いとか、集中力が続かないとか。そういった学力の周辺の力を改善させることができれば学力も伸びていくと思っています。できる子ならば、その力を得ればものすごい伸びをしたりもします。もくせい塾の夏期講習では、そういった能力の開発のようなものも意識して行っているのですが、そのひとつが暗唱です。今年の生徒たちもその効果はずいぶんと実感できていると思います。もう少しです、最後まで駆け抜けましょう!

お願い

生徒が塾に来る途中に車の前に飛び出したらしく、車のクラクションが鳴らされていました。注意はしましたが、ご家庭でも交通安全に対してはご指導ください。

 

もくせい塾の立地の都合上、横断歩道が少し離れたところにあり、そこを渡ったとしても歩道の無いところ(車道)を歩かざるを得ません。したがって目の前まで歩道側を来て、そこから横断歩道の無い道路を横切ってくる生徒が多いのですが、ちょうど生徒が塾に来る時間と仕事帰りの交通量が多くなる時間が重なっており大変危険です。お気を付け下さい。

 

また、自転車置き場周辺でのごみのポイ捨て、おしゃべり等の迷惑行為もなさらぬよう、今一度徹底するようお願い申し上げます。

生徒を叱らないことと、大切に思わないことは別

塾の環境を預かるものとして、それを乱す出来事に対してはしっかりと対処しなければならないと思っています。それがもくせい塾に通ってくれている生徒たちに対する礼儀です。

 

以前、雇われ塾長でやっていた個別指導塾の自習室は生徒のおしゃべりがあったり、禁止されている飲食がなされていたりと、あまり良い環境に保てませんでした。それは、私が塾長として弱く、生徒にそれを見抜かれていたからだと思います。「どうせちょっと注意されるだけだし。」と、簡単に言うと舐められていたのですね。

 

私がザワザワしている自習室に入っていって、それを見た生徒たちが一瞬おしゃべりを止める。そして私が出ていくとまたザワザワし出す。それを1日に何度も何度もやっていました。そして業務が終わったあと、自習室に行き、机の上に残された空のペットボトルや、そこに落ちているはずのないお菓子の包み紙を黙って拾ったりしていました。

 

毎年当然のように、「自習室がうるさくて自習の邪魔になる」というクレームが生徒から入ってきます。そのたびに自習室の巡回を増やし、「塾長に見つかったら面倒だから真面目にやってるフリしよ。」という生徒の演技を見に行きます。今思い返すと、根本は何も変えることができずにただの対処療法(にすらなっていない)でした。

 

当時雇われ塾長だった私は、生徒の数を増やし、売り上げを増やすことで評価を受けてお給料をもらっていました。会社なので利益を求めるのが当然で、社員はその為にいます。ここに異論は全くありません。ですがそれを意識し過ぎていたのか、一人でも多く生徒に入塾してもらいたい。そして1度入ったらできるだけ長く続けてもらいたい。そんな思いに縛られていました。今考えると上司は理解のある方で、問題行動を起こす生徒の相談などもできてはいました。が、それでも私は生徒を減らし自分の「評価」が下がることを恐れていたんですね。だから塾生が不利益を被る可能性のある生徒であっても辞めさせることはできず、ただ「なぁなぁ」の注意にとどめてしまっていたのでした。生徒を辞めさせて、悪い評判が立ってしまったらどうしよう。そんなことも考えていたかも知れません。本当に恥ずかしいことをしていました。もちろん当時の会社にいた他の塾長の方々がみんなこんな感じだったわけではなく、私はただただ当時の自分を恥じ入るだけです。

 

そんなわけで、「自習室がうるさくて」ということを勇気を出して言ってくれた生徒に対しては、今思うと、むしろそっちのほうをなだめるような対応をしていたのかも知れません。真っ当なほうに我慢してくれなんて、事なかれ主義の極みです。塾生に対し仁義を貫くことから逃げていました。

 

そういった過去の反省があり、今のもくせい塾では「勉強に対して真摯でないこと」に対してうるさいです。自習中の居眠り・おしゃべり、理由の無い遅刻・欠席、勉強をサボる等々。これらの行為は他の生徒にも影響が出ます。一生懸命やっている生徒たちの中にこういった状態の子がいると目立ちます。そしてその様子を見てしまうとやる気が殺がれます。私は勉強の最終到達点のひとつは、「他者への想像力」の育成だと思っています。塾はみんなで使うもの。そこには過ごし方だって関係してくる。自分の頑張りは他の誰かに必ず伝わる。だからこそ、周りの目を気にして過ごして欲しいのです。

 

今でも生徒を叱るのには勇気がいります。この注意は必要か、ここまで厳しくする必要はあるのか。おそらく厳しすぎて辞めていった生徒も結構います。もっと甘くしていれば残った子たちです。そういう子たちには、申し訳なかったなと思っています。それは、厳しくして申し訳なかったではなく、そういう子が伸びる環境が作れなくて申し訳なかったという意味です。

 

私自身、叱った後良い気持ちであることは当然ありません。気分が落ち込み、「注意しなければ良かったかな」という思いにグラッと傾きかけることもあります。叱ったりしないほうが楽です。生徒を叱った日はなどは精神的にどっと疲れて、その日の仕事が終わりません。でも生徒への接し方を「なぁなぁ」にしてしまった瞬間から、教室の空気はどんどん汚れだし、その汚れを嫌がって真面目に勉強する生徒が少しずつ減っていきます。教室から託児室への変化の始まりです。それは嫌だ、そうはしたくないと思って踏ん張っています。

 

ですから「ウチの子叱らないで。」と言われるのはちょっと困ります。もちろん何もなければ叱りません。しかし「学力を伸ばすこと」を求めて塾に来た以上、その妨げとなる行為は修正せねばなりません。それは、自分だけに及ぶならばともかく、他の生徒に影響が出ることに対してはできるだけその場限りで修正し切る必要が出てきます。だから叱ります。幸い、今の塾生保護者の方にこういうことをおっしゃる方はおらず、「どんどんやっちゃって下さい!」とまで言って下さる方もいらっしゃいます。ですから、自分の正しいと思うことを貫けていて感謝の限りです。感謝して、あの時の惨めな自分を忘れないようにしていきたいと思います。

 

今通ってくれている生徒たちに対しては、勉強に対して真摯でいて欲しいと思っています。ですが時にそれが揺らぐことだってあります。誰だってそうだと思います。私だって、仕事に対してずっと真摯な気持ちでいられているかというとそんなことはありません。ですから、生徒がそういう時はきちんと叱ります。それを受け止めて、また軌道修正して戻ってきてくれればいいなと思っています。戻ってきてくれた生徒に対しては全力で抱きしめてあげたいと思っています。(セクハラになりかねないので実際にはできませんが。心の中だけで。)ここは「みんなが頑張る場」、もくせい塾です。そのマインドを共有してくれる生徒を全力で応援しています。

なんとなくではダメだ、カメラで写したように正確に覚えよう

授業で暗記テストを行うとき、「そのまま再現」を求めます。

 

例えば英単語帳のテストを行うとき、holdの訳が「開催する」と載っていた場合、「開く」と言ったらアウトです。もちろん意味は合っているのですけれどね。テストではアウトということにします。

 

 暗記テストでは覚えて欲しいことを暗記してもらうのですが、それと同時に、「覚えること」の訓練も兼ねていると思っています。暗記の力を伸ばすには、徹底してそのまま再現できるようにするのが一番です。「なんとなくできているけれど」という程度ではすぐに記憶が抜けてしまいます。鮮明に記憶が残るまで徹底して脳に焼き付けるくらいの暗記をしていければ、簡単には忘れません。

 

そのままという意味では、いくつかの意味が載っている多義語の場合はその順番も載っている順に言えるようにすることを求めます。勉強のできる生徒は、教科書の何ページのどのあたりにどんな説明が載っていたかまで覚えている子もいたりします。学校の勉強での優劣は、その解答の再現性の精度と言い換えられるかも知れません。ですから、「そのまま再現」です。しかし順番通りに覚えたほうが楽だと思うのですが、なかなか難しそうですね(^_^;) 最近はテストをすると逆から言ってしまう子が多くなってきているような気がするのですが、これは何かが影響しているのかななんて気になります。

 

私が中学生の時に通っていた塾では、「てにをは」が違うだけで不合格(&ビンタ)だったのですが、それでずいぶん助けてもらった思いがあるので、もくせい塾でも少しずつそうしていきたいとは思っています。(ビンタはできませんが。)

全力疾走が求められる

富士中の中間テストが10月19日です。他中学もこの時期に中間テストがあるのでそろそろ1ヵ月前です。

 

しかし中3受験生にとっては、10月4日に北辰テストもあります。ですから完全に中間テストに集中することができず、毎年受験生にとっては大変な時期です。

 

生徒から「どちらを優先したらいいですか?」と聞かれることもよくありますが、「どちらも頑張れ(^^)/」と答えています。もしも本当に両立が難しいのなら、私立高校入試の参考資料として北辰テストはあと2回であることを踏まえた上でどうするべきか考えたほうがいいでしょう。(12月の北辰テストも参考資料にできますが、入試直前にバタバタすることになるのでその前に決めてしまったほうがいいと思います。)

 

どちらも頑張るためには、1日の勉強の配分を時間で分けておくと便利です。5時から7時までは入試の勉強をして夕食休憩をはさみ、8時から10時までは学校で進んだ内容の勉強をする。このように時間で学習内容を分けてしまって、その配分を中間テストが近付くにつれて変えていくといいと思います。3週間前までは受験勉強と学校の勉強の時間を8:2くらいにしておき、3週間を切ったらそれを逆転させ、1週間前からは完全に中間テストの勉強にするといった感じです。

 

この後も、期末テスト期間を過ごしながら11月の北辰テストを受けることになります。そこでも「両立」が求められることになるので、今からそれを意識して勉強することは無駄にはならないはずです。いずれにせよ「時間は無い」ことを自覚して勉強していかねばなりませんね。頑張れ受験生、生き急げ!

勉強の臨み方

日頃から全力を出すことをしておかねば、いざという時に本気を出そうとしても最大限のパフォーマンスは出ません。

 

お父さんが、子供の運動会で保護者対抗リレーに出たときのことを思い浮かべて下さい。日ごろからジョギングなど運動をしているお父さんは颯爽とトラックを走っている傍ら、運動不足のお父さんは何もないところでつんのめったり気持ちだけが逸って体が追い付かずに転んだりしています。

 

ただそういうお父さんであっても、学生時代はみなさんと同じように走れていたのです。それがやがて仕事が忙しくなって運動する機会が減っていき、50メートルを走り切ることができなくなってゆきます。(世のお父さんは、走ることよりも家族を守ることに本気になってゆくのです。)

 

勉強も同じで、日ごろから本気を出しておかねばテストなどでいざ頑張ろうとしても良い結果はついてきません。日常の勉強の中に真剣勝負を持ち込まない限り、テストなどの本番では気持ちが逸るだけで頭はついていきません。したがってつんのめったり転んだりした点数を取ります。

 

では、どうすれば日頃の勉強に本気を持ち込めるのか。それは「完璧」を求めることです。暗記をするならばそこにある知識全てを頭に入れること、計算をするなら1問も間違えないようにすること。時間制限を設けるなら設定時間の8掛けで解き切ること。ルールをできるだけ厳しい条件で決めて行えば、それだけで本気度がグッと上がります。「このくらいでいいか」と一瞬でも思ってしまったらそれはもう本気ではありません。

 

中3受験生の中で、北辰のかこもんを解いていて同じ科目でも偏差値がかなり上下する子がいます。もちろん習得度の違う分野が出題されていることも原因として考えられますが、数学の大問1の計算でボロボロ落とすこともあったりするのはやはり「本気度」が低いときなのではないか、そんなことを思います。できているときはできているので。その問題への「臨み方」みたいなものでも結果は変化します。ただなんとなく漫然と問題を解いていないか、一度振り返ってみるべきです。

 

問題を解く前に机の上に余計ないものを出していないか。自分の志望校を想像するか。自分の目標を頭の中で思い描いているか。注意事項を頭の中で復唱しているか。目を閉じて集中力を高めようとしているか。名前欄に必ず名前を書いているか。精神論ではありますが、甲子園球児のようにマウンドに一礼する姿勢みたいなものが備わっている子はやはり安定して実力を出せている気がします。

面倒見の良さは生徒に楽をさせることじゃない

もくせい塾を立ち上げる当初からずっと思っていることのひとつに、「生徒の機会をできるだけ奪わないようにする」ということがあります。

 

子供の代わりに何かをやってあげることは一見良いことのように見えますが、実は子供がそれをやる機会を「奪っている」ことにもなっているのではないでしょうか。例えば塾の現場では、生徒が分からない言葉にぶつかったとしたとき、講師が教えてしまったほうが絶対に速いのですが、それをあえて時間をとって辞書で調べさせます。生徒が調べている間、指導は止まりますし時間は過ぎてゆきます。実は講師の視点としては、それを我慢して待つのはそれなりにストレスを感じる時間です。しかし、その手間を惜しんで意味をさっさと教えてしまった瞬間に、生徒に依存体質の種を一つ植えてしまう。それが続くとやがてその種が芽を出し、「誰かがやってくれるだろう」と自分では動こうとしない人間になっていきます。これでは私の目指すものとは正反対です。

 

そもそも子供のチャンスを大人が奪ってしまう理由は、大人側の都合であることが多い気がしています。子供に任せていると時間がかかってしまうから。自分でやったほうが速いし正確だ。もし任せて間違えてしまったら、それを訂正するのが面倒臭い等々。こうした大人側の理由によって子供の学びのチャンスの芽を摘むのは実はとても残酷なことなのではないかと思っています。

 

昔、個別指導塾の塾長をやっていたときに、こうした「手厚い」指導の弊害を何度も見てきました。講師が生徒にどんどん「教えてあげる」。もちろん講師に悪気があるわけではありません。その塾では手厚く指導することが正しくて、60分なら60分、その授業時間内一生懸命「仕事」をしているだけです。でもその一方で、生徒は授業を傍観しています。先生が頑張るのを生徒が見るというねじれた状況です。それこそ生徒は塾に来てから声も出さず、手もほとんど動かすことすらなく帰るなんてこともありました。そうして先生が一生懸命になればなるほど、生徒は授業の端役に追いやられてしまう。先生が主役として歌って踊る授業です。なんでもやってくれるから生徒受けはいいのですが、それが学力に結びついているかというと「?」と思わざるを得ませんでした。逆にどんどん先生に依存し、学校で出された宿題ですら塾の授業で先生に解いてもらうような状況になってしまっていた生徒もいました。今考えると恐ろしいです。

 

そこで話がはじめに戻りますが、生徒に機会をたくさん持ってもらう。バッターボックスにたくさん入ることができたらその分ボールを打つ可能性だって上がります。そうして打ったフォームから、「これがいいんじゃないか」と思えるものが出てくる。これが勉強をしていくと得られる知恵になってゆくのではないでしょうか。だから講師の仕事は、自分がバッターボックスに入るんじゃなくて、コーチとして生徒をバッターボックスに立たせることにあると思っています。そんなわけで、単語の意味を聞きにきた生徒に対して、「そこに辞書があるから自分で調べろ」ということになり、生徒受けはすこぶる悪いです(^_^;)

抜けているところを埋める勉強

昨日は9日ぶりに夏期講習でした。授業の前に暗記・暗唱テストがあったのですが、まあぁぁ~、9日も開くとできなくなっています。1発合格者の少ないことといったら(^_^;)

 

もちろん知識は1回や2回程度の繰り返しでは身に付きません。ですから何度も何度も反復し、脳に「これは大切な情報だ」と思わせて忘れにくい記憶にしていかなくてはなりません。

 

入試の勉強は「どれだけ頭に残るか」が大切だと思っています。例えば偏差値で65くらいの成績だとだいたい全体の上位7%くらいの学力ですが、そういう子が何か特別なことをやっているかというとそんなことはありません。他の生徒と同じ授業を受けて、同じ教材を使って勉強しています。ではそういう子はどこが違うのかというと、「身に付いている」内容が他の子より少し多いのではないかとみています。つまり、勉強は「習ったことを忘れる」のが当たり前で、その中でどれだけ「忘れないでいられるか」なのではないでしょうか。

 

問題をどんどん解き散らかしている子がいたりしますが、そういう子は自分の回答に無頓着な場合が多く、問題を解くことにより得られる新たな情報が頭に残りません。したがって、今の力で解ける問題を解いているだけで、解けない問題はそのままになっています。いわば、かみ合って歯車を一生懸命ぐるぐる回しているだけの状態です。問題を解くことには一種の達成感があるので、それを何のために行っているのかを見失ってしまうとこうなってしまいます。

 

今までに学んだ知識の点検をして抜けているものを補っていく。その知識の定着をさせる為に問題演習がある。そう考えて勉強していけば、全ての歯車がガッチリとかみ合い、大きく力を伸ばしていくことができるはずです。同じものを何度も暗記テストしているのはその為です。

主述のある文章を書くことについて

学校が始まりましたが、まだまだ暑い日が続きます。

 

もくせい塾の様子ですが、夏休みを経て中学3年生たちが毎日自習に来て頑張っています(^^)/ また受験生だけでなく、自習頻度の上がった中学2年生たちもいます。ほぼ毎日来ている子もいて頼もしいです!しっかり応援していきたいと思います。

 

さて、高校受験生たちには来週の北辰テスト対策として、北辰のかこもんをやってもらっています。その丸付けをしていて気になる点が出てきました、それは「作文の力」です。

 

実際にあった生徒の解答を見てみます。

 

「ガラス管が水槽の水を試験管に入れ試験管が割れるのを防ぐため。」

 

「国税が安定している。」

 

「輸入が頼れない。」

 

「税が安定して得られるようになった。」

 

これらは、いわゆる「てにをは」、助詞の使い方が間違っていて主述の関係がおかしくなってしまっています。そして、

 

「ためておいた水を使って農作物を育てるので、平均流水量が少ない。」

 

「酸素を吸収し二酸化炭素を放出する効率が良くなり、呼吸の表面積が広がるから。」

 

こちらは因果関係が逆になってしまっている例です。このように、記述問題における作文が「へんてこりん」な場合が多くあります。そして興味深いのは、これが国語の学力が低い生徒の解答かというとそうではないところです。この中には国語の偏差値が60以上の子たちもいるので、学力の高低とあまり関係がなさそうです。

 

そうすると原因は、文脈を読み取る経験が少ないことにあるのかなと思います。普段の会話なども単語と返事だけで成立していたりするのかも知れません。Youtubeにあげられている動画などを見ていると、テロップもできるだけ簡潔に、単語のみだったり省略形や言葉尻を切り取ったりしたものがパッパッと出てきます。そういうものに囲まれた環境で生活していると、文脈をつかむ力を育てる機会は減ってきたのかなと思っています。

 

しかし皮肉なことに、国語の問題ではこういう作文の「へんてこりん」は逆に少ないです。上に載せたものも全て理科と社会の解答です。この理由としては、国語の設問だと「なぜ」や「誰が」といったものが明記してあり、誘導に沿って答えやすいことが挙げられます。そもそも国語の問題の特性上、自由に作文をする設問自体が実は少ないということですね。それゆえ「てにをは」が正確に使えていなくても国語では高得点できてしまう。したがって学力(偏差値)と「へんてこりん作文」には関係がなく見えるのかも知れません。

 

「『文脈を理解し使いこなす力』と『学力』は関係ない」とするべきか、「『文脈を理解し使いこなす力』が測れないならば今の学力評価法には問題がある」とするべきかは私には分かりませんが、とりあえず今はこういう回答だと減点や×になります。しかしこれからビュンビュンと情報がスピーディーに交わされ、長々と話すのは「遅い」とみなされるようになっていけば、こういった助詞のようなものの重きは減っていくのかも知れません。そうするとやがて、記号や信号のようなものだけでコミュニケーションする人が出て来るような時代が来るのでしょうか。例えばLINEのスタンプとか、そこで交わされる了解の「り」とか、ちょっとそういう感じがあって、なんかすごい未来がきたなとワクワクします。もちろん受験勉強を教える者としては過去のしきたりの中に軸足を置いておかねばならないので、そこに矛盾を感じるのですが。

夏はまだ幼虫でいい。

今日は塾の駐輪場に、大きなアゲハチョウがいました。夏を感じさせますね(^^)/

 

今年の受験生の良いなと感じる点のひとつは、「質問によく来る」ことです。分からないところをそのままにしない生徒が多いです。

 

質問で多いのは理科です。特に理科1分野の計算問題に関するものが多く、理科は独学が難しいんだなぁと思います。学校のテストレベルならまだ大丈夫なのですが、入試レベルの問題になってくると、長い文章を整理し、グラフの読み取りや割合の考えなども必要になるのでかなり難しくなります。

 

以前までは、日常学習のレベルと受験で出題されるレベルのギャップが大きいのは英語だと思っていました。しかし、最近では定期テストでも初見の長文問題が出てきたりするのでそこは少し解消されてきているのかなと感じます。一方で、理科や社会の入試問題では出題される問題文の長さや1問のひねり具合など、なかなか定期テストでは真似できないところも多いです。そういった意味では日常学習レベルでは太刀打ちできない壁のようなものを感じることもあります。したがって理社の入試問題は、平均点くらいならばすぐに取れますが、高得点を狙うとなると少し入試を見据えた指導を受ける必要があるのかなと思います。もはや「覚えれば取れる」という時代ではないようです。

 

上位校を目指す生徒は当然のこと、偏差値50台後半の学校を目指す生徒でも、国数英だけで勝負するのはちょっと危ういかなと思います。公立入試の得点で合計350点を超えるためには、理科か社会のどちらかを得意科目にしておく必要がありそうです。その為にも、正答率が50%を切る問題も解けるようにしておかなければなりません。

 

そんなわけで、もくせい塾では高校受験生たちに入試問題集を渡してあるのですが、その質問が多く寄せられます。質問ができる生徒は必ず伸びます。今のうちから歯ごたえのある問題に生徒たちが取り組み、質問してどんどん自分の力としていってもらいたいです。受験生が立派な蝶になるのは冬になってからです。今はまだ幼虫でいいので、たくさんの栄養を吸収していき、立派な羽を手に入れてもらいたいと思います。

夢も現実も見よ

簡単なことではないとは思いますが、自分を俯瞰で見つめる能力は学力を伸ばす上でかなり重要な要素です。

 

目標はどこで、その為に何が必要か。今の自分の立ち位置と目標までの距離。それをできるだけ客観的に測る力があれば、学力を伸ばしやすくなります。これは自分の現状を見つめるという辛い作業も含むので、なかなか簡単にできることではありません。

 

特に学力の低い生徒はこの視点に欠けていることが多く、自分に必要な学習の内容や量を把握できていません。したがって危機感が希薄だったり、また根拠の無い自信を持っていたりしてそのせいで目の前のことに集中できていなかったりします。

 

そこで「視点が1人称しかないな」と感じた生徒に対しては、「文化祭の準備」について話をすることがあります。

 

文化祭で自分のクラスが劇をやるとして、その台本が前日までできていなかったらどうかな。当然間に合わないよね。あとさ、台本あるとして他に何がどれくらい必要かな。小道具やセットも作らなきゃいけないしその為に必要な材料費はいくらくらい?役者がセリフを覚えるのにどれくらい練習時間いる?

 

総合プロデューサーの立場で現場に立ち会うロールプレイをすることで、客観的に状況を見てみる。そうするといろいろな穴が見えてくると思います。それを自分の勉強に置き換えると、今の状況がかなり「ヤバい」ことになっていると分かるはずです。「このままじゃヤバいよ」と言うよりも実感を伴うのではないでしょうか。

「格」のようなものを感じる

夏期講習で自分が休んだ日に行ったテストを、後日になって受けにくる子がいます。

 

夏期講習を大切にしてくれているんだなぁと嬉しく思うと同時に、受験生として力を付けることに対する執念のようなものも感じさせられます。言われなくても行動を起こせる子は、確実に伸びます。それはもう、受験生としての「格」のようなものを見たような気になります。

 

こうして頑張っている子には、自然と応援の手が差し伸べられます。周りの予想を超えるには、そういった周囲の応援の力が必要だと思っています。しかしその応援の力は簡単には得られるものではないとも思います。今私がその生徒を「応援したい」と思っているのは、その生徒が頑張っているのが伝わったからです。人を動かすほどの頑張りを見せるのは簡単なことではありません。そういうのがやがて「人格」となり高校や大学に「合格」させる力となるのかな、なんて思いました。

 

スポーツや競技などは応援の構図が分かりやすいですが、勉強のように一人で行う行為の中にも誰かの応援する心を引き込む瞬間があるんですね。私は職業柄その現場によく立ち合いますが、私自身もやる気にさせてくれます。生徒を応援しながら自分も頑張る。格を備えた生徒はそんな力を与えてくれます。

時間は有限

夏休みが終わり、本日から新学期が始まりました。塾でも夏期講習がまだ続き、9月いっぱいの土曜と月曜、祝日は講習がありますが、ほぼ通常通りの営業となります(^^)/

 

短い夏休み期間でしたが、受験生以外の生徒たちにとっては良い休養期間になったのではないでしょうか。ただし、夏休みの間に学校に先行して進めることがあまりできなかったので、2学期に入ってから少しペースアップする場面があるかも知れません。しっかりついてこれるように自習等で演習量は補っていきましょう。

 

3年の受験生はここまで連日夏期講習がありましたが、ここからは少し授業の頻度が下がります。ですが1週間単位で課題を出しているので、毎日来て頑張るのは変わりません。今日も塾が開くなりほぼ全員揃いました。まずは2週間後の北辰テストで結果を出しましょう。誰にでも与えられる時間は平等です。それをどのように使うのかで差を付けていきましょう。

 

さて、話は変わりますがもくせい塾の壁掛け時計は電波時計です。ですがその電波のせいなのか何なのか、ずっと5分早く時を刻んでいました。何度電波の受信をし直しても5分早いので、「遅いよりはいいかぁ...」と諦めていたのですが、今日来たら時間がピッタリになっていました(^_^;) 電波が変わったのか、なんとも不思議です。なんとなく、新たにスタートラインを引かれた気になりました。

勉強には寝かす時間が必要

塾は明日から再開です。夏休みももう終わりで、本当に早いな~という感じです。

 

勉強では「後から付いてくる」というものがよくあります。その場で分からなくても、何度も演習したり、先のことを習ったりして、後からその理解が深まってできるようになったりします。

 

特に中学生くらいだと、成長に伴う理解力の向上があったりもするので、後から付いてくることも多いのではないかとみています。ですから、その為にも勉強をしたら「少し寝かす」時間が大切なのではないかと思っています。

 

習ったりしたことがらを「少し寝かし」て、その理解を深める。演習も、時間をおいて繰り返したりすることでまた別のものが見えてきたりする。まるでよく捏ねたパン生地をしっかり寝かせることで、イースト菌が「ここから美味しくなるぞ」とばかりに生地を膨らませていくかのような、そういった、時間のゆとりがあったほうが学力を伸ばすことにつながってくるのではないかなと思っています。ただし、「ずっと寝かしっぱなし」の子も結構いて、そういう子はいつまで経っても美味しいパンにはなれません。せっかく手に入れた知識もしぼんで無くなってしまいます。

 

学力の高い子はこの感覚が分かっていることが多く、問題を解いていてもある程度考えたり調べてみて分からなかったら、潔く次に進むことを選択します。後で戻ってきて考えるタイミングが自分で判断できるんですね。これができずにいつまでも止まっていたり、逆に見切りが速すぎてすぐに諦めちゃう子は効果的に学力を伸ばせません。そこそこ深追いして自分でできる調べものは一通りする、でもやり過ぎて時間を無駄にはしない、手が止まるくらいなら次に進んだり、質問に来たりする。そのくらいのバランス感覚で勉強しています。もしかしたらこれが「行動力」なのかも知れません。

 

そんなわけで、今年のスケジュールにはこの「寝かす時間」がほとんど残されていないのがどのように生徒の学力に出て来るのか、そこを注意しておかねばならないと思っています。進度の為に、新しいことをずっと教わり続けていて、「ちょ、ちょっと待って!」となっている子もいるかも知れません。そういう子には、塾での自習で試行錯誤する時間を取り、知識を寝かすタイミングを取れるようにしていきたいと思っています。

雑記

本日は塾のお休み1日目でした。めっちゃくちゃ休みました。

 

雑記です。少し前に現大学生の元塾生が塾に遊びにきました(^^)/

 

大学の話をあれこれと聞いてみたのですが、今大学はオンライン授業がほとんどなのですね。中学校と高校が通常登校しているので、すっかり失念していました。「友達できた?」という質問に対し、「ええ、まあ。」とちょっと歯切れの悪い返事が返ってきて、「(もしかしてぼっち?)」と思ってしまったのは申し訳なかったです(^_^;)

 

オンラインでお友達と話したりするそうですが、今はこれがスタンダードなのですね。大学って、かつてはコミュニティを形成するのにも重要な場所だったと思いますが、今の大学生はオンラインでどこかのコミュニティに属しているのが普通になっていくのでしょうね。すごい時代になりました。

暑い夏をさらに熱く

本日の夏期講習が終わりました。

 

最後の暗唱テストでは、本来の「厳しい」基準でテストを行ったので、全員が合格とはなりませんでした。でも全員がしっかり準備してきたのが分かりましたし、不合格だった子も「あー!」とか「さいあくー!」とか叫んでいて、悔しさが滲んでいました。

 

悔しいということはそれだけ頑張った証だと思います。失敗したときに傷つきたくない子はそもそもそこまで努力できません。しかし、そうやって殻に閉じこもり、自分のプライドを守っているうちは大きな成長はありません。夏期講習前半戦で、多くの子がその殻を破ることができてきたのかなと感じさせる日でした。

 

明日から3日間もくせい塾はお休みをいただきます。実は、この3連休は学校の宿題をやる日に充てて下さい、終わってる人は遊びに行って下さいと伝えました。しかし、講習の終わりに、「テキスト持ち返っていいですか。」と聞いてきた子がいました。(テキストは忘れると授業にならないので塾から持ち出すのを禁じています。)聞くと他のほとんどの子が持ち返り希望でした。いいカンジに燃えてきましたね(^^)/ 後半は日程の都合上講習が飛び飛びになりますが、火のついた生徒たちをさらに燃え上がらせるようにしていきたいと思います!

それは誰の為の勉強だい?

本日は、自習中に居眠りをしている生徒がいました。部活があって疲れている1・2年生ならともかく、大学受験予定の高校3年生が居眠りとなると、勉強への意識を疑わざるを得ません。

 

こういう時私は、優しく肩をポンポンなんてしません。思いっきり机を叩いて起こし、その直後「帰りなさい。」と伝えました。

 

もくせい塾の中では、真面目に勉強している生徒の邪魔になるものはできるだけ排除したいと考えています。生徒のスマホから何か着信音がしたら注意しますし、居眠りもそうです。それは、他の人の迷惑になるから。例えば文化祭の準備を自分が一生懸命やっているのに、それに参加しないでふざけている他の生徒がいたら、良い気持ちはしないはずです。では真面目に勉強している隣で居眠りをされたらどうでしょう。居眠りをしている人の前や隣で、「さあ、やるぞ!」とはなりにくく、やる気を削がれると思うのです。(中には気にしない強靭な精神力の人もいますが、それはごく少数です。)

 

集団の中に意欲的でない人が混じると、その集団の熱のようなものはその人によって奪われます。舟に乗る時、全員で同じ方向に漕ぐことで舟はそちらに進みますが、一人でも方向が違うとちぐはぐと進みも遅くなってしまいます。何か目標があってそれに向かって進んでいるのなら、同じ熱量の人が集まったほうが強く、良い影響を及ぼし合えると思うのです。逆もまた然りで、集団の足を引っ張るのは、「できない人」ではなく「やる気の無い人」なのではないかとすら思っています。

 

もちろん人の体調には波があり、仕方のない場面もあります。ですから、そういう時は無理をせずに休んでもいいと思っています。現に中学3年生以外の生徒には毎日自習に来てくれとは言っていません。前日遅くまで勉強を頑張ってしまって寝不足なら今日は早目に帰る。気持ちの落ち込むことがあってやる気がないなら来ない日があってもいい。私が願うのはやる気のある人の邪魔をしないでということです。やる気の無さは明らかに態度に出ます。そしてその態度は自分だけでなく周りに悪い影響を与えます。以前そういったことであまりに酷い生徒を退塾させたこともありますが、こちらもすごく嫌な気持ちになりますし、もうそんなことしたくないです。

 

もくせい塾は個人指導を謳っていますが、自習スペースの机にパーテーションを付けていません。その理由は、他の頑張っている人を見てやる気につなげて欲しいからです。同級生同士が良い影響を与え合って、後輩が先輩の背中を見て、そうして全員が頑張る雰囲気作りができたらなと思っています。それゆえ高校3年生は、最高学年ですし全生徒の見本となってもらいたい。今回はすぐに謝ってきたのでそのまま自習を続けさせていますが、そもそも私に謝るのは違います。そうではなく、今やっていることが自分のためだけのものではないと気づけたら、もっと良い塾での過ごし方になるはずです。自分の頑張りが、それを見ている人に元気を与えていると考えられれば素敵だなと思うのです。

制限時間

夏期講習後半戦が始まりました。

 

夏期講習では授業中に突然、「これ覚えて。1分で。」と暗唱テストが始まります。一人一人言わされるので、当然みんな必死に声に出しながら覚えるのですが、やはりすぐ合格できる生徒は、その暗記時間の中の反復回数が他の生徒よりも多いです。おそらく一番早い子と遅い子では2倍近く反復回数に差が出ているのではないでしょうか。

 

同じ時間内に2倍の反復回数の違いがあるということは、普段の勉強でもそのくらいの演習量の差があるのだと思います。同じことを学校で教わっているのに学力に差が出るのはここなのではないかと思います。今まで勉強に時間制限を設けてきた子とそうでない子の差が、演習量の差になり、結果の違いになるのではないか。ですからもくせい塾の夏期講習では全てにおいて制限時間つきです。

 

時間制限の焦る中で冷静に勉強する。この極限の状況がテストなどでの集中力やメンタルを強くしていくと思っています。

ただ覚える、のその先へ

ありがたいことに、8月に入ってから入塾のお問い合わせを数件いただいております。

 

コロナ騒動もあって、今年度のお問い合わせは冷え込んでいましたが(^_^;)、そんな中勇気を出してもくせい塾の門戸を叩いていただいて嬉しい限りです。夏期講習がもう少し続きますので、ご不便おかけしてしまうかも知れませんが、よいご縁となるようこれからも頑張っていきます!残席まだ少しありますので、ご興味ありましたらお気軽にお問合せ下さい。

 

さて、昨日で夏期講習の前半戦が終わりました。明らかに目の色が変わってきた生徒も出てきて、後半戦が楽しみになってきました(^^)/

 

ところで、暗唱テストを行うと、答える内容の順番が前後してしまう生徒が結構います。答える時にとりあえず全て言えるのですが、書かれた順番通りに出てきません。プリントなどの書かれている順番を前後して覚えてしまっているのか、用語の暗記だけにとらわれてしまっているのか、順番まで覚えて再現できる子がまだ少ないです。

 

暗記してもらうものには、リズム感や文脈も考えて用語を配置してあります。ですから順番が変わってしまうと覚えにくくなったり定着しにくくなってしまったりします。実際、答える順番が入れかわってしまい、そこで止まってしまう子が結構います。

 

ですから暗記するものは、その順番まで一字一句完璧に言えるようになるまで練習してもらいたいと思っています。そうすれば、頭が真っ白になっても出て来る、自分の身を助ける知識になります。学習記録シートの感想欄に「夏期講習でやったことが問題を解くときに役立った」と書いてくれた生徒もいましたが、ここで知識をガッチリ固めることで、そういった経験がどんどん増えてくると思います!

まだまだ本気、出せるよね?

おととい夏期講習で、生徒を前に少し叱りました。暗記テスト・暗唱テストの勉強をやってこない生徒が出てきたからです。

 

夏期講習の暗記テストは不合格者が3人出たら全員再テストをすると伝えてあります。一生懸命やっても不合格になる場合もあるでしょうが、やってこなければ確実に不合格です。やってこない生徒は、「自分さえよければ他の人はどうなってもいい」と考えているわけではないでしょうが、他の人の為に行動ができていないわけです。もくせい塾の夏期講習では大変な量の勉強をこなしてもらいますが、時には折れそうになってしまう心を、チームで乗り越えてもらいたいと思っています。受験はチーム戦とはそういうことだと思います。

 

「君たちの本気が見たい。」生徒に何かを話すときは必ず言っている言葉です。全てを投げうって勝ちに行く時代ではないのかも知れませんが、「これくらいでいっか。」という半端な子は成績なんて伸ばせません。他の生徒に確実に負ける思考です。まずはそこを乗り越えてもらいたい。今日はこれからテストの時間ですが、生徒の本気が見られることを期待しています!

理科は自然を扱う学問なんだなぁ

今日はものすごいゲリラ豪雨がありましたね。昼時だったので、生徒の帰宅時間に重なりそうで危なかったです。

 

ちょうど今日、夏期講習の理科で天気のところを説明しました。授業を受けた直後に、急激な積乱雲の発達をその日のうちに体験できたのはすごいタイミングでした。

 

理科はいくら言葉をつくしても分からないことが、実際に体験するとストンと腑に落ちる場合があります。水圧が深さに比例するのは2mプールに潜ったことがあれば分かりますし、氷の入ったグラスが汗をかくのを見れば露点についての具体的なイメージが持てます。北斗七星を見つけて眺めていれば宇宙を俯瞰して見ることもできるかも知れません。

 

授業で説明するときにも、「ほら、こういう経験あるでしょ?」という話をします。生徒が持っている経験を理科の知識を結び付け、生徒の日常の先に理科という科目があるようにしたい。そうして、受験生であろうと目の前で取り組んでいる理科を「学問」というより「知恵」として使えるようになって欲しいなと思っています。