ご褒美と報酬

新学期がはじまりましたね(^^)/

 

お子さんとの「~したら○○を買ってあげる」という約束は、とても危険だと思っています。例えば、「テストで90点取れたらゲームを買ってあげる」とか、「テストの順位で50番以内に入ったら、ディズニーランドに連れて行ってあげる」などの約束です。生徒と話をしていると、このテの約束事をちらほらと聞きます。

 

たしかに、勉強して欲しいという親御さんの思いから出た約束なのでしょう。しかし、これを1度でもやってしまうと、子供は「物」による報酬が無いと勉強しなくなってしまいます。「馬の鼻先にニンジンを吊るす」的なこのやり方は、一時的な効果はあるかも知れませんが、継続はかなり難しいと思います。馬なら毎回ニンジンでいいかも知れませんが、人ではそうもいきません。子供の要求に応えて際限なく報酬の限度は上がっていくことでしょう。「次はもっと高い物をもらう。もらえないなら頑張らない。」となっていってしまうのが自然です。こうなってしまうと、本来管理するべき立場の「親」と、されるべき「子」の立場の逆転現象すら起きてしまいます。「物」による報酬とは、それほどに魅力的でそれだけに依存度の高いものだと思います。

 

さらにこの方法だと、「勉強のための勉強」になっていないことも懸念します。もし子供が頑張り、約束していた「物」による報酬が得られたとしても、その先に「勉強の価値」は見出せません。親御さんによる、子供に勉強させたい理由の第一位って、「将来自分の身を守ることができるようになる為」だと思います。しかしこの方法では、子供の視野を曇らせ、将来を見通すことがどんどんできなくさせていると思うのです。足元だけを見ている子は、まっすぐに歩くことができません。

 

よって、「物による報酬」は安易に使ってはならない、と私は思っています。使うのならば、上記のような「テストで90点取ったら」のような「交換条件」ではなく、「日ごろ勉強を頑張っているからね」と言って与えてあげて欲しいと思っています。「頑張りの基準」を子供に伝えるのではなく、親御さんの中だけにしまっておいてあげる。そうすれば、子供も「頑張っている姿を親に見てもらっている」という、「物以外」の報酬、つまり「ご褒美」も受け取ることができるのではないでしょうか。約束をしたのに物をもらえなかった子供は、きっとそれだけで「全否定」された気になっていると思うのです。

 

自立学習支援をうたうもくせい塾に通う子たちには、勉強する姿を認めてくれる親御さんからの、形のない「ご褒美」が降り注いで欲しいなと思います。