「"ダム"って何ですか?」と聞かれた日に思ったこと

ここ数年、理社の質問をしてくる子と話をしてみて感じるのは「モノを知らないな」ということだ。以前は理社が苦手でも妙に詳しい分野があったりする子もよくいたのだけど、今はそういう子に遭遇することが減ってきたように感じる。

しかしそういう子が無知なわけではなく、きっと私と会話する内容以外のことで詳しいことがあったりするのだろう。「モノを知らない」の"モノ"とは、私の生きている世界に存在する"モノ"だ。

スマホの普及で見ている世界が細分化されているというのはあると思う。その子の普段見ている、生きている世界が勉強に出てくる用語や世界と重なっていない、だから既存の勉強世界の言語で話しても通じない、その子の世界にその用語は"存在しない"から。

そう考えると、もう今のテストで人の能力なんて全く測りきれていないのだろうし、そういう新しい学力みたいなのを育ててる子たちが良い高校・大学に行くには、"外国の文化・言語"を学ぶような障壁があるのかも知れない。まだ勉強の世界は既存の価値観で動いているからだ。