アルバイトを「クビ」にした話⑤

講師になりたい人だったのに


研修では生徒を「見る」ことを教えていた。視線やしぐさから今生徒が何を考えているのかを常に推測しろ、と。これができる講師が生徒を伸ばす。しかし彼には生徒を見る経験がまだ無かった。授業を止めに入ったとき、彼と生徒の視線は「平行」だった。

 

そして授業が終わった後の報告の場で、授業は時間内で終わらせることを改めて伝えると、その講師は不満を露わにした。良くも悪くも素直な子だった。確かに良かれと思ってのことなのは重々承知だ。しかし仕事ではまずルールを守らなくてはならない。塾は講師ではなく生徒のためにある。

 

その場はそれで終わったのだが、その後次の仕事を振るために電話すると、「このままバイトを続けるかどうか迷ってるんですよねー」と言われてしまった。自分の「良かれ」が否定されたことに納得がいかなかったのだろう。もう少し言葉を尽くせば良かった、というより研修の段階でなんとかできていれば良かった。

 

その時はまだ「まあまあ」となだめていくつもりだった。授業を延ばし過ぎてしまうのもあるあるだ。しかし私の上司はそうではなかった。上司は上下関係や礼儀を重んじるタイプ。一連の様子を見ていて我慢がならなかったのだろう。おキレになっていた。「辞めさせろ」という話になってしまった。生徒の親御さんからお金をいただいてこの仕事は成り立つ。そこにあってはいけない態度だと感じたのだろう。

 

伝えるとその学生は「あ、そうすか」とだけ言って辞めることを了承した。実問題が起こったというわけではなかった。でも私の研修が不十分だったことが原因で招いたことだった。態度をなあなあにしてしまった私の甘さをひどく後悔した。

 

その後一人で教室を任されるようになってから何人もアルバイトの研修を行ったが、そのたびにこの学生のことを思い出した。教えることを希望してやってきた人を、その中で終わらせてあげられなかった。その学生も、塾講師を何も分からないまま結末を迎えてしまっただろう。こういう挫折は、本人の成長にもつながらないと思う。私がやっていることはボランティアじゃない、そのことにもっとシビアにならなければいけないと思った出来事だった。