SDGs的習い事の話

持っている時間やお金、体力・やる気のようなものを「資源」とするならば、それをどこに費やすかでその人の能力が変わってきます。

投資先をどこにするか


勉強に資源を多く投入できれば、学力を伸ばし良い成績を取ることができます。それを運動に投入すれば(才能みたいなものは分かりませんが)、運動が得意になるのでしょう。文武両道を目指すならばどちらにも資源を投入することになります。

 

資源がゲームやスマホの遊びに投入されてる場合は、その方向を勉強に向けてやることで成績が上がったりします。これを実際にさせるのはこれはこれで難しいのですが(^_^;)、理屈は単純です。

 

しかし、資源が枯渇しているのに「勉強で効果を出してくれ」となると話が変わってきます。

持続可能な開発を


「たくさんの習い事」をしている子が塾に見学に来たりします。「勉強もできるようにさせたいんです」と。

 

それらすべてに効果が出ていて、能力が向上し身になっているのならば、素晴らしいことです。しかしごくたまに、「ただ通わせているだけ」になっているんじゃないかなと、(失礼ながら)思う場合があります。資源の投入先が分散し過ぎていて、その子が疲れちゃっているんですね。

 

それで、勉強"も"となると「ちょっとできるかなぁ」と思います。資源は有限、現状で新しい資源の鉱脈も掘り起こすのが難しい場合、新しい習い事は「ちょっと待った」ほうがいい場合もあると思います。子供が資源の枯渇し廃れた炭鉱のようになってしまっては意味が無いのですから。