勉強前の禊

旅行先では神社仏閣を見るのが楽しみのひとつだ。

神社の鳥居をくぐるときは軽く"一礼"して入るようにしている。いつだったかそれがマナーだと知ったこと、そして鳥居は結界で守られた神聖な場所の"入り口"だと知ったからだ。自分にはスピリチュアルの属性は一切無いとは思うが、一礼して入りお参りをすると心が洗われたような清々しさに包まれ気分が良い。

注意するほどでも無いけれどなんとなくモヤっとすることのひとつに、生徒が"スマホを握りしめたまま"教室に入ってくるというのがある。もちろん授業が始まる時にはそれはバッグの中にしまわれていていじっているなんてことはない。机の上に出しっぱなしにしている生徒も過去1人しかいなかった。だから注意することではないのだが、先ほどの結界の話でいうとそういった俗的なものはドアの向こうでしまってきてほしいという気持ちもある。

時代の流れと言われれば返す言葉もないのだが、その生徒はきっと勉強前の"禊"を済ませずに入ってきてしまっている。だから神通力が得られない。

自己管理能力

2学期中間テストまで残り2週間ほどとなった。テスト範囲表も出揃い、ここからは全員が勉強を始める定期テスト直前期だ。

私が中学生のときに通っていた塾は定期テスト前でも対策のようなものは一切なく、「それは各自でやってください」だった。前日であろうがお構いなしに全く違う範囲の授業を受けていた。だから自分の定期テスト前ってどんなだったっけなぁと思い返すと、いつも自宅の机が思い出される。自分で計画を立てて自分で管理せざるを得ないものだったから勉強も下手くそだった。

テスト前日からテストが終わるまではほぼ完徹、「だったらもっと早くから始めりゃいいじゃん」と今は思うのだが、当時はテスト範囲表が配られるまではテスト勉強はしないものだと何故か思っていて(きっと勉強を後回しにしたい心理が働いていた)、2週間前からようやくスタート。しかも自習室などなく自宅勉強だったから遊びの誘惑に負けることもしばしばだった。自己のコントロールができていなかったなぁって思う。
だからテストの結果とそれに至る自分の振る舞いにはいつも不満と後悔が残った。それも含めて自分の"実力"だと飲み込むには時間がかかった。

多くはないが、中学生くらいからテスト前は勉強を第一に考えてそのために行動できる生徒がいる。私が中学生の頃に"こうすべき"とぼんやり考えていた理想を体現している生徒。そういう子を見ると、その責任感と精神を育てたご家庭の教育方針に敬服し、自分の襟をピッと正してしまう。

受験生の現状

明日は第5回北辰テスト。授業はないが、中3受験生は早くから塾に来て自習をしている。

下級生にこそ聞いてほしい事柄だけど、現在の中3受験生は勉強に追われている。
毎月やって来る北辰テストはあと3回で私立高校入試の資料が確定する。だからそれまでに結果を出さなくてはいけない。そして学校の定期テストは2学期中間テストまで残り2週間とちょっと。こちらも中間・期末テストで決まる2学期の通知表までが受験の内申点となる。これに加え検定を受ける生徒もいる。これら全てが手の抜けない真剣勝負の場だ。1日、1時間、1分たりとも無駄にはできない。それこそ寝食以外は全て勉強に注いだって足りないと受験生たちは思っているのではないだろうか。過去には「もう遅いから帰りなさい」と言ってもなかなか帰宅しない生徒もいた。

これまでに積み上げた自分の成績順位を必死に守り、それより上に上がっていこうと奮闘している本気の受験生たち。だんだん気温が下がっていく季節の変わり目であっても体から湯気のように気迫が吹き出しているように見える。

柔軟さ

成績の伸びる子の特徴として「素直な子」というのは昔からよく言われている。これはいくつかの理由をまとめて「素直」という言葉にしているのだろうけれど、そのうちの1つに「柔軟である」ということが挙げられると思う。

生徒の現状を見ていて、"こうした方がいいな"と思いそれをアドバイスしたが全く受け入れてもらえない。具体的に「これをこういうふうにやっていこう」と課題を渡したのだけど、相変わらず全然違うことをやっている。
その子と話すと「今の自分の成績を変えたい、もっと伸ばしたい」とは言うのだけれど、"じゃあこれをやろう"はやろうとしないで自分のやり方に固執している。それでうまくいって無いから今の成績なんじゃない?と思うのだがなかなか変化できないようだ。繰り返し説得を続けるしかない。

成績が伸びていく子は聞く耳を持っている。こちらがちょっと雑談がてら言ったこともすぐに実行している。だから迂闊に無駄な時間を過ごさせないためにもアドバイスに気をつけなくてはいけないほどだった。学ぶは「真似ぶ」。すぐに受け入れて真似できる子ほど伸びていく。

覚悟できるところまでやってる?

去年までの高校受験生たちは、夏休み終了後は毎日学校が終わるなり塾に来て塾が閉まる時間まで自習していた。本当に毎日欠かさず。それで秋冬でも偏差値や成績がガンガン伸びた。

だが、そこまでやっても受験で不合格になる子もいた。
それは「え?なんで…」と言う状況はほとんどなく、頑張ったけどそれまでの成績が足りていないとかで、"それでもこの学校を受けたい"と言う選択の結果だった。本当に受験勉強を頑張った子の覚悟、のようなものが見られた。

秋以降勉強を頑張らない子は、志望校をずるずると下げていく。弊塾では今のところないけれど昔勤めていた塾では毎年あった。保護者の方にも「どこまで下げればいいんですか!」と詰められたこともあった。残念だけれどその答えば「今のお子さんでも行けるところまで」だ。本人がやらないんだから仕方がない。

そういう意味で受験でのチャンスは"努力した生徒"に訪れる。その基準は"毎日塾で目一杯勉強しているか"だと思っている。そうすれば受験の「受かる・落ちる」以前の「受けられない」というところは脱することができるのだから。

長文問題

今年もまたいた。長文問題を"問題の前後だけ読んで解こうとする"生徒。

…あのね、「長文」問題の練習なんだからちゃんと全部読もうよ。聞くと誰かに聞いたやり方らしい。
確かに、この世にはそんな解き方を教えている人もいるのは知ってはいる。「読解問題はね、問題文の前後に答えが必ずありますよ〜」なんつって。ほんと勘弁してくれと思う。
現状国語や英語の語学は、「長文が読めて内容が掴めること」を最終目標のひとつとしてカリキュラムが組まれ指導されている。長文を読めるようにならなきゃ勉強が「できる」とは言えない。だから入試でも長文問題が出題されるのだ。

それを無視して長文を読ませない指導を施すのは「はーい、ここのボタンを押せばバナナが出てきますよ〜」と言っているのと同じだ。生徒をバカにしていると思う。

そもそも問題文を読まずに解くには、それまでの文脈の推測する力が必要だ。似たような論の展開を過去に読んだ経験を持っていて、一部を読むだけで内容を正確に掴む語彙力もあり、問題から出題者が何を意図して出した問題かを汲む力だって求められる。この解法ができるのは普通に読めば全問正解できるような国語力のカンストした生徒だけだ。読解力をしっかり身につけた人間が、「ここは読まなくても解けるな」と至るやり方だろう。それを"こっちの方が楽そうだから"と飛びついちゃうような子供に施すのは本末転倒も甚だしい。身につくわけがない。

そして、何もわからない子供がこれを真似しようとするとどうなるか。本来なら「読むこと」によって身についていくであろう全ての力が身に付かなくなる。語彙力も、文脈を追う力も。そういった子供の成長のチャンスを全て奪う指導はもはや虐待だ。言葉を操る能力はこれからを生きるのに大切な力、それは奪ってはいけない。

授業を集中できていない子への対処

前々から"それはちょっと集中してないんじゃないの?"と思うことがあった。

授業中に生徒が「飲み物ばかり飲んでいる」状態。
昔に比べ今は熱中症のリスクも高いし弊塾は飲食可にしてある。だから水分補給に文句があるわけではない。むしろ体調管理はきちんと行なってもらいたい。だが、教室についてまずは1杯。そしてチャイムが鳴り私が「始めるよ」と言うと徐に水筒に口をつける、今日やることを発表したらまた1杯。説明を終えたところで1杯、演習を始める前に1杯、5分程度の演習の間にも1杯、丸つけの為に呼ぶと来る前に1杯、直しを指示して座席に帰すと着席するなり1杯…。

案の定授業内に2度もトイレに立つ。これはどうなんだろう、と思っていた。繰り返すが体質的なものもあるだろうから水分補給のタイミングは自分で決めてほしい。だが、演習時に眠そうにしていて解いた答案を見たら字も眠ってる状態でまともに解けていない。流石になんとかしないといけないと感じた。
そこで問題演習時に私がストップウォッチで時間管理をした。残り時間をコールして煽ってみると必死にやる、結局授業の終わりまで集中力は続き、それまでの演習量の3倍近くの問題をこなしていった。水筒に口をつける回数も激減した。

自分を俯瞰して見る力が弱いのだろう。今自分が集中できていないことを認識できていない、人の目があることを意識できていない。だから授業中でも大あくびをするし水分補給に託けて手を抜いてしまう。これでは学力伸びないのでテコ入れが必要だなと感じた。自分の全力を自分の意思で出せるようになってもらいたい。

生徒に自習を勧めるワケ

今まで上位難関校に受かった生徒で、"自宅学習"の配分が"塾での自習"よりも多い子を見たことがない。
これは私が塾運営者で、塾通いしている子としか会った事がないからだろうか。もちろん塾通いせずに受験を乗り越える成績優秀者がいるのも知っている。だが塾利用者でそこで自習をせず、授業のみ受けてあとは自宅学習と言う生徒で上位難関校に受かった子を見たことがない。

「自宅学習の方が自習室で勉強するよりやりやすい」と言う意見は嘘だと思っている。そのソースは自分自身だ。私は自習室の無い塾に通っていたので自宅学習をせざるを得なかったがとてもキツかった。テレビや会話、家族の生活音ひとつひとつに苛立っていた。また聞けないし資料も少なく調べられない不安。そのくせ手を伸ばせば届く漫画やゲームなどの誘惑といつも葛藤するストレス。その"やりやすい"は本当に勉強の話なのだろうか、と思ってしまう。

過去偏差値65以上の学校に受かったような子達はいつも塾にいた。きっとその子達も自習室の方が「やりやすい」と思ってくれていたのではないだろうか。

そのままでは今の成績は維持できない

夏休みが終わり2週間ほどが経った。第4回北辰テストの結果も返却された。

気をつけなくてはいけないのは、今の時期の偏差値50と半年後、受験直前の偏差値50は違うということだ。
今偏差値50であっても、受験が近くなって半年分の学習内容を身につけた上で偏差値50でいられるという保証はない。ここからも偏差値50の人の速度で走り続けていなくてはそれは叶わない。だから今もしも自分の偏差値が志望校への合格目安を超えていても安心してはいけない。

秋、冬を経て中学生の学力は大きく変化していく。ペラペラの紙のようだった計算力や知識量、集中力といった基礎能力もだんだんと木の幹のように分厚く固く強靭になっていく。中1・中2の頃の"真ん中"と、中3受験生の"真ん中"は全く違う次元の存在だ。今自分の学力について弛緩し切っている子は、その成績を維持することもままならないだろう。

国語の力と安定感

"国語"ができないと成績が安定しない。

模試などを連続して受けてみて科目ごとに偏差値が10近く上下してしまう場合、それは問題が「読めて」いない。だから問題集で解いたことのある形で出題されたら解くことができるが、問題文が変わってしまうだけで同じものであっても答えられなくなる。問題文を咀嚼できていないからだ。

小学生のうちは問題の形式は教わったものとほぼ同じなので顕在化しないが、中学生くらいになるとこの問題が浮き彫りになる。それまでに子供にいかに文章を読めるようにさせておくかがその後の子供の進路を決める、といっても過言ではない気がする。英語より算数より国語を。まずは日本語をきちんと読めるようにしておくことが大切だと感じる。

復習はこまめに

授業の進度に生徒の習得が追いつかなくなると、授業を受けていても理解の"上滑り"が起こり出す。不思議なもので、話を聞いているはずなのに内容が定着しなくなる。

"そこだけ穴が空いている"状態ならまだいいが、「わからない」を一度でも経験してしまうとその先の内容も"わからないものだ"と思ってしまうのか、授業を理解して聴こうとできなくなる。その結果"分からない"の穴はどんどん広がり続け、やがて取り返しがつかなくなる。こうなってしまうとかなり大変で、取り戻すにはできるところまで戻って復習していくしかなく時間もかかる。この頃にはその科目はすでに"嫌いな"科目になっており、自分でそれができる子はほとんどいない。専門機関のサポートが必要になる。

これが「復習は溜めて行うのではなく、毎授業ごとに行うべき」という理由である。自分でできなくなってからだと時間もお金もかかる、普通に塾通いしただけでは苦手克服のカリキュラムを当ててもらえない場合も多く、特別講習のようなものを取らされることもある。

グッとこらえる力

勉強には「忍耐力」が必要だ。

ひとつのことを考え続けるのは脳に負荷がかかって辛いが、問題を解いていてそんな場面はよくある。また書く作業は忍耐力を求められることの連続だ。ノートの書き写し、漢字の暗記ひとつとっても生徒はグッと我慢することになる。勉強は必ず忍耐力を使う。
だから学力の高い子は我慢強い。もうできるようになった計算問題でも何も言わずひたすら繰り返す。反対にどんな作業でもすぐにやめてしまう子は学力が伸びない。

忍耐力は筋力のようなもので、負荷をかけなければ成長しない。そして筋力がなければ高く跳べないのと同じで忍耐力がなければ学力は高くならない。だから勉強とは大変な作業だ。それを「効率よく」などと言っているのは"楽してできるようになりたい"と言っているのと同じこと。効率の良さなど、散々我慢して繰り返した後に得られるものなのだ。

台風

現在このあたりは雨も止んでいるようですが、台風15号が近くを通過中とのことで、通塾は十分にお気をつけください。

2学期がはじまった

2学期になり学校では通常通り授業も始まった。

2学期は中間・期末と定期テストが2回行われ、中間テストは10月半ば、すでに1ヶ月半後に控えている。この前に修学旅行等行事も入っていたりはするが、受験生ならばここで良い成績を修めて受験に向け成績を上げておきたい。学校のテストの結果は、準備がほぼ全てだ。テストの2日前くらいに慌ててワークのわからないところを質問に来る生徒もいるが、それではもう遅い。今から毎日勉強していくことでわからないところがない状態にしておかなくてはいけない。

また、上位校を目指したい1・2年生も今の成績が非常に重要になる。過去の上位難関校合格者のほとんどが1・2年生の時から成績上位者だった。そんな野望を持った生徒には、そろそろ行動に変化が起こることを願っている。