本日でもう終わりのところもありけれど、近隣の中学校で期末テストが行われている。
塾の前をテストが終わり帰宅する中学生の集団が通り過ぎる。
パッと見るだけでその集団が1年生なのか2年生なのか大体見分けがつく。3年生ともなると尚更。"中学生は1年で大きく変わる"ということなのだろう。
3学期の期末テストは、その1年間を過ごしてきた最後の定期テストだ。なので1学期や2学期のテストとは一味違う。今まで勉強してきた内容をもとに力が試されるので、学習の積み残しがあると途端に順位が下がったりする。定期テストのレベルも成長しているのだ。
だから指導の中で心がけているのは、生徒の"学習への取り組み方"を成長させていくこと。テスト前の学習への姿勢、取り組み方、心構えや目標設定など、どんどん成長させて自学力を伸ばしたい。ただ新出分野の知識を伝達するだけでなく、生徒の成長ステージに合わせてそのサポートになるような指導を目指したい。
今日ある子に"勉強順調?"と聞いたら即答で「過去イチでやってます」と返ってきた。毎回これを言える子になってほしいよね、その為に私はいるのだと思う。
埼玉県立高校入試の学力試験日だった。
明日まで試験の続く生徒もいるが、私のやれることは全て終わったというところで少し脱力している。ふぅやれやれだぜ。
とはいえ、同時に近隣の中学校では期末テストも始まった。塾としてはまだまだ休むこともできない。
1・2年生は見ていてもまだ危なっかしい。3年生とは違い、勉強に"方向性"を持たせることがまだできておらず、ただ漫然とワークを終わらせることを勉強だと思ってしまっている子もいる。テスト勉強をする目的はテストで点を取るためだ。そのために必要なことを意識して行わないと成績は上がらない。
普段の指導では生徒ひとりひとりに"どこが足りていないか"ということを指摘している。だが「○○をやりなさい」という指示を出してしまうと考える力を奪ってしまう。その作業に意味を見出せるように、生徒がギリギリ"自分で思い至った"となる匙加減を目指し指導したい。「これをやればテストに出るよ」なんて学校のテストの過去問を生徒に渡すのは目指すところではない。生徒と共に乗り越えようとしないのでは塾講師として存在する価値はない。
明日は埼玉県立高校入試だ。
前日である今日、受験生たちの授業はない。自習には来ると言っていたが、やることと言っても軽く復習するくらいだろう。明日はここまで積み上げた努力をぶつけるだけ。トラブルだけは何もないことを願っている。
ジジ臭い話だけど、受験前日「親には"明日頑張ってくるね"と伝えておきなさい」とよく言ってきた。
勉強の最終到達点は他者への理解や思い遣りを持つことだと思っている。もちろんもっと身近な話で言えば、自分が社会で生きていくための知恵や資格を身につけるためなのだろうが、一方で勉強をしていくと自分1人では生きていけないことも学ぶことになる。そうすると誰かが自分を支えてくれていると感じられるようになる。
この1年間飢えず、凍えず安心して受験勉強をできたのは誰のおかげなのか、烏滸がましいけれどその感謝を伝える機会になるといいなと思う。そして自分にとって最も大きな支持者の応援を受けて会場に向かってほしい。それはきっと強力なお守りとなる。
ある生徒が、理科の用語をノートにまとめ出した。理科の基礎知識が抜けていることが発覚してのことだった。
私ならテストが近くなった時期にこのやり方は勧めないと思う。きっと自分で考えて実行してみたことなのだろう。
この子の"自学"が今始まった。自ら考え、今までの学習習慣に新たな項目を追加する。それが自分の弱点と向き合って下した判断ならば、余計な口出しは無粋だ。たとえそれが効率の悪いやり方だったとしても。
自分で1歩踏み出したことは、目の前の問題を1つ解けるようにする以上に価値のあることだと思う。"こなす"のではなく"試す"。自学の種が芽吹いたこの子の今後に期待する。
土曜日にテスト前の補講を行った。
今回は体調不良による授業の欠席が多く、その助けになればと思い保護者の方にもチラシを作成して参加の呼びかけを行った。
初めは集まりが悪いと感じて心配もしたが、結果的にはほぼ全ての生徒が参加した。
定期テストで今の成績を上げるにはどのくらい勉強すれば良いか。私は「60時間」と見積もっている。
もちろん生徒の現在の成績や学習状況にもよるが、非常に暴力的にざっくりと決めつけるとこれになる。トップ層の子が平常的に勉強しているであろう時間できれば、少なくとも今の成績よりは良くなるはずだ。テスト2週間前からならば平日は4時間、土日に5時間で達成できる。ただ毎日継続するのは難しいので3週間くらい前から行うのが望ましい。5教科でいうと1科目12時間。いうほど余裕のある時間ではないが、現実的にはこんなところだろう。
今回補講に来た子たちの教室滞在時間を見ていて、まだまだだなぁと正直感じた。子供達には、行動に目的が伴っている人でいてほしいと思う。10年以上生きてきた習慣を変えるのは大変だろうが、本気で成績を上げるためにも少しずつでも取り組んでいってもらいたい。
今日は補講ということで、13時から教室を開けている。
色々と準備しチラシも作って渡してあるのだが、生徒の集まりがあまりよくなくて残念だ。やっぱり無料イベントにしたのが良くなかったのかなぁなど反省点はあるが、来てくれた子たちは頑張っている。その子達と良いテスト対策を行なって成果につなげたい。頑張るぞー。
弊塾は自習スペースと授業スペースがつながっている。いわゆるパーテーションで完全に仕切られている形ではない。これは昔勤めていた塾での経験から、"パーテーションはない方が良い"という考えに至ったからだ。隣の先輩がどんな勉強をしているのかを見る経験なんてなかなかできない。それがプラスの影響を及ぼすのを何度も感じてきた。確かに「仕切られていないと集中できない」と言われたこともあったが、学校の授業も入試もパーテーションで仕切られた空間で受けさせてはもらえないのだ。勉強のスタイルはそれぞれだと思うが、私は生徒たちに実戦的な力をつけてもらいたいのでこの形にしている。
"隣の人が何をしているか"を知る体験は、自習室の中だけではない。私が授業をしているのも自習室から丸見えなのだが、ホワイトボードを使って講義をしているのを自習の子が顔を上げて見ている場合もある。ある意味無料サービスだ。その内容については自分の番になったらきちんとまた教えていくので、「高校生ってこんなこと習うのか!」や、「受験生って真剣なんだな」ということを感じ取ってもらえると嬉しい。
でもあんまりにも自習の手が止まっている場合は、私の方から目を合わせてウインク攻撃を喰らわせる。どうだ薄気味悪いだろう。自習室から教室の様子が見えるということは、教室からも自習室の子の勉強の様子が見えているのだよ。
3学期の期末テストまで残り10日となった中学校も出てきた。テスト勉強は進んでいるだろうか。
今回はハッキリ言ってピンチだ。体調不良で欠席をした生徒が多すぎる。そのため今週末は塾生に向けた補講を設けたが、体調が戻った子は精一杯運命を変えるために足掻いてほしい。
休んでいた分のノートは友達に写させてもらって、ワークだけでもしっかりやり込んでおくこと。"時間がないから諦めた"なんてことのないように。休んでいた部分の質問は自習に来てくれればいくらでも受け付ける。私は逆境でもなんとかしようとしている生徒が好きだ。ヤバいと思うのならまずは行動を変えること。それができるならばまだなんとかなる。
中1・中2生対象の北辰テストの申し込み期限が今週末までとなります。またお申し込みをされていない場合は期限までに教室まで申込書をお持ちください。
【対象学年】中1/中2
【実施日】3月15日(日)
【受験料】4,950円
【申込期限】2月21日(土)
※お申し込みには事前の「web登録」が必要になります。詳しくはお渡ししたお手紙をご参照ください。
※お申し込みはメールでも承っております。
私の思う、テスト勉強の仕方を書く。
「期末テストの勉強」と聞いて何をどの順番でやるか考えてみてほしい。
そうしたらその考えた勉強内容を全てひっくり返し、逆に進めてほしい。これが私の思うテスト勉強の上手なやり方だ。
多分多くの生徒は「まず教科書を読む」と答えたと思う。そして用語や英単語などを覚えて、範囲のワークを"解いていく"。そしてそれが終わったらワークの反復をする…。
このやり方で最後までちゃんとやり切ってる子を見たことがない。こんなのまず終わらないのだ。前日にワークをどうにか埋めてテストへGOのパターン。中には1周目も満足にできず最後の方は答えを写していたり…最悪。これでは下手なやり方だと言わざるを得ない。全部ひっくっり返して、まずはワークの反復から行うべきだ。ワークを繰り返し行うには回答欄が埋まっているほうがやり易い、だから勉強の1番初めは解答を見ながらワークに答えを書き込む。ちゃんと解くのなんてあとあと。その作業中にすでにできる問題は除外していく。そして繰り返してできるようになっていったものはどんどん反復から外していく。答えを確認しながら埋めることで"一度見たことのある問題"になったものは反復し易い。1周目から教科書を見ながら埋めるよりもよっぽど楽しいはずだ。ワークが全て身についたら暗記ものに入る。ワークができていれば改めて暗記すべきこともほとんどなくなっている。そして仕上げは教科書の読み込みで"最後の10点"を取りに行く。きっと結果は全く違うものになるはずだ。
勉強を教科書から始めようとする子は、「勉強をすること」自体が目的になってしまっている。きちんと手順を踏んでやっているということで安心したいだけだ。だから上記のやり方だと、ワークが1周埋まるだけで気持ちの上で"完成"してしまいその後が続かない。テスト勉強をスタートする段階で勉強の手順を1から踏もうとするのでは遅すぎる。授業を受けている時にそれは終わらせていないと、テスト2週間前なんてそんな時間はもう残されていないのだ。テスト勉強の目的は「良い成績を取ること」にあるはず。最終的なゴールを"テストを受け切る"というところに置き、テスト勉強期間はそのための"練習"に充てるのが上手なやり方だと思う。
昔、講師として勤めていた個別指導塾でのこと。
ある日私が教室に行くと、塾長からこんな話をされた。
「私が担当していた生徒が学校で喧嘩して頭を強く打った」
だからちょっと物忘れがあるかも知れないけど普通に指導してくれ、と。実際にその生徒の指導をしてみると、確かに以前よりも勉強ができなくなっていた。教えたことを習得するのが以前よりも遅くなり、また前に身についていたこともかなり抜けていた。その子は普通に進学していったが、頭を打った後遺症のようなものが明らかに出ており怪我の恐ろしさを感じた一件だった。
話は変わるが、知り合いでとても優秀な人がいる。その人に学習の秘訣を聞いたら、「幼少期に頭を強く打ったのがきっかけだった」と言われたことがある。その人は子供の頃に2階の階段から落ちて頭を打ち病院に運ばれたことがあった。「その日をきっかけに急に学力が目覚めた」と。
こんな"壊れたテレビは叩け"みたいな話、眉唾ものだけどどちらも本当に自分の経験談。学力って急に変わることもあるみたいだ。だからと言って、怪我の治りが遅くなってしまった今の体で階段から落ちてみよう、とは思わないけれど。
これをご覧の保護者様も、"我が子をちょっと突き落としてみようかしら"となる前に、健康的に学力を伸ばす方法は弊塾までお問い合わせください。
土日に降った雪は、もうほとんど残っていなかった。実は昨日教室の前の雪かきに来たのだが、これだったらする必要もなかったのかな…なんて。でも関東民にとって雪かきなんて滅多にできる経験ではないので、数年前に買って資材置き場の肥やしになっていた雪かきスコップを振るってみた。
雪が降ると「受験本番だなぁ」という気持ちになる。すでに受験は始まっているが、自分が雪の降る中受験会場まで試験を受けに行ったものだからその印象が強いのかもしれない。天候の影響で走っている自動車も少なく、雪の吸音効果でやけに静かな朝だった…というのは今勝手に捏造したイメージかもしれない。そのときはそんなことを感じられる余裕もなかったはずだ。しかし寒い外から受験会場に入ったとき、暖房の効いた室温で悴んだ手がじんわりと感覚を取り戻していったのは覚えている。
受験直前の2大トラブルといえば"体調不良"と"雪"だと思うが、もし入試当日に雪が降ったら、"替えの靴下"と"濡れたものを入れるビニール袋"は持っていった方がいい。靴下が濡れてしまうと集中力に影響する。あと2週間ほどで公立高校入試だが、自宅から会場までの当日のイメージトレーニングはやっておこう。
高校入試でランクを下げて受験する生徒はいる。
「このままいくと合格は難しい」から受験校のランクを下げる…という話ではなく、"あえて"実力よりも1つ2つ低いランクの学校を受けて進学していくという意味のほうだ。弊塾で手に入れた受験資料を見ていても、受験の得点開示が明らかにオーバースペックな生徒は各学校に毎年いる。多分全体の5%くらいはそういう生徒たちなんじゃないだろうか。私立高校ならば特待生となるような状況。
校風や立地、部活動などで"どうしてもそこにいきたい"という場合や、その後の進路を踏まえての場合など、理由は様々だろう。実は弊塾にもそういう子がたくさんいる。学校案内などに載っている高校の偏差値よりも7、8ポイント高い偏差値を叩き出しておきながら"あえて"そこに行く生徒たち。「どうしても入りたい部活動がある」という子もいれば、「近くて通学に時間を取られないから」という子もいた。しかし弊塾で最も多い理由は「途中から偏差値が追い越していった」というものだ。
入塾してきたときには少し足りてないが、夏期講習・冬期講習と毎日の自習を経て偏差値が学校の合格基準を超えていった。そういう生徒は通知表がその学校の合格基準に少し届いていない場合が多いので、大体そのまま志望校変更もせず進学する。毎年「もうちょっと早くウチに来てくれれば…」とも思うが、受験生になってからの転塾という大きな決断をしてくれたことには感謝しているし、志望校に進めているのは素直に嬉しい。
しかし、ランクを下げて入学したからといって高校での勉強がイージーになるかというとそれはまた別の話。その後もずっと継続して勉強を続けた子だけがランクを下げた恩恵を受ける。
生徒に裁量権を多く渡すようにしている。ちょっと驚かれるかもしれないが、授業で生徒に「何やりたい?」と聞いてそれを採用することも多い。
これは弊塾が「自学力」を育てることを目標にしているからだ。
自分で課題を見つけてそれを乗り越えていく力、これが私の考える自学力だ。自分で自分を成長させられるようになってもらいたい。それを育てるためには、自立心が必要だと考えている。自ら考え行動する、自分で自分をプロデュースしていく能力。だから授業でのやることや進め方もデザインしてもらう。裏で手綱はしっかり握っていて、そのせいで学校のテストに間に合わないとならないように誘導したり、生徒の提案が効果的でない場合は修正案をこちらから提示したりもする。
もちろん初めから全ての生徒がそうなるわけではない。入塾したての頃は自分で勉強内容を決めたりできる子はまずいない。だから最初はいわゆるカリキュラムを私が決めて進めていき、生徒の状況を見て少しずつ裁量権を渡していく。よく保護者の方から「うちの子勉強の仕方が分からないんです」というご相談を受けるが、それはきっと「問題集を3周は解きましょう」とか、「漢字は書いて覚えましょう」とかそういうのが分からないわけではないのだと思う。そうではなく、自分で勉強していくことができていないのだ。だからこのようなやり方で少しずつ生徒が自走できるようにしていくことが必要で、これが「勉強のやり方を教える」ということなんじゃないかと思っている。
初めは私に言われるままに行動していた小中学生も、高校受験をする頃には自分の希望を伝えられるようになっていき、高校生になっても付き合いが続くと、「ここが分からないからこんな風に授業をやってください」と具体的に言えるようになったりする。私はそれを「注文が細けぇなぁ」と言いながらも心ではニマニマしている。この注文は生徒が受け身のままでは絶対にできないことだから。
中1・2年生の期末テストも少しずつ近づいてきているので、タイミングを見て定期テスト対策に入る生徒も出てきている。
弊塾では英語や国語など、定期テストが近づいたら学校の内容の復習を行なうのだが、英語の教科書の内容が身についていないなと感じることがよくある。教科書本文の読み訳、短熟語や会話表現などはテスト勉強で真っ先に身につけるべきものだと思うのだが。「学校の授業でやってるでしょ?」と聞くと「サラッと…」と返してくる生徒が多いが、そのサラッとをどれだけ煮詰めてドロっとさせられるかが学力の練り上げなのだ。
英語に力がある生徒たちはみんな教科書の本文はスラスラ読んで訳せていた。トップクラスの子になると本文を全て暗唱までできる。それくらいは繰り返し読まなくては、本当の英語力なんて身につかない。まずは音読と本文訳を20回。それくらいは繰り返しやっておいてもらいたいものだ。マジで勉強量が足りてないぜ。
今日は節分だ。"鬼は外、福は内"と豆を巻く行事、子供の頃私もやった。昨今はTikTokなどで鬼に扮したお父さんに大泣きする子供のほっこり動画などもよく見かけるが、実際のところは「掃除が大変だから家の中で豆なんて撒かないで!」なんてオn…お母さんに叱られてるお父さんも多かったりするかも知れない。
さて、日本で鬼といえば「なまはげ」が1番有名なんじゃないだろうか。時期も違うし、なまはげは神の使いなので鬼でもないのだけれど。
以前ふと「なまはげって鬼なのになんであんなにユーモラスに描かれるのだろう」と思い秋田の男鹿半島を訪ねた。赤神神社となまはげ館あたりを回り、そこにあった資料に、"漢の武帝が遣わした5匹の蝙蝠が鬼となって山に棲みつき、それが村に降りてきて悪さをするのを村人が撃退した"とあった。資料の信憑性はさておき、漢の武帝時代から日本の地方にも悪さをする余所者を"鬼"と呼ぶ風習があったことに驚きつつ、"やっぱり最初は怖いものだったのか…"と妙に納得した。なまはげ伝説発祥の地である赤神神社は、鬼が積んだとされる999段の石段の上にある。その日は山全体に濃い霧がかかっており、"この山には鬼が棲んでいる"と言われれれば信じてしまいそうな迫力があった。
恵方巻きを食べる習慣が全国区になってやっと節分も「美味しいものが食べられる」イベントになった。豆だけでケーキやフライドチキンを食べるイベントに勝負を挑むのはさすがに無謀すぎる。これを書きながら、今日は帰りにコンビニで売れ残りの恵方巻きをゲットするぞと心に誓う。
災をもたらす鬼を追い出し幸せを迎え入れたいと誰もが願うもの、弊塾でも成績のあがりそうな良い子をどんどん迎え入れたいものだ。だからと言って成績の上がらない子に豆をぶつけて追い出すつもりはないのだけれど。
2月に入った。
この時期になると、1年なんてあっという間だなと毎年思う。公立高校入試が今月なので、受験生の指導は2月で終わる。学力的な成長は数値に見えるが、人間的にも成長できた1年だっただろうか。保護者の方と面談をしていて「何も言わないのに勉強するようになりました」なんて言われると生徒の成長を感じられて嬉しいが、"物事への向き合い方"で人の成長は推し量れるのかも知れない。
1月末、私立単願推薦の生徒は結果が出てひと足先に受験を終える。大概の生徒はそこで勉強をストップしてしまうが、そこで切れてしまわずにそれからも毎日自習に来て卒業まで勉強をしっかり続けた子がいた。私立高校入試が終わった後に中学校では3学期の期末テストがあるが、その子はそこで過去最高、上位10%以内の順位を出した。入塾した当初は真ん中よりも下だったので強く印象に残っている。
一方で、推薦が取れたあとすぐに「僕推薦取れたんんで塾辞めていいですか」と言ってきた生徒もいた。最後まで相手に委ねるような物言いだったことにひどく落胆した記憶がある。
受験なんて人生からみたらほんの1ページに過ぎない。しかしほとんどの人が経験するものなのでせっかくならば意義のあるものにしてもらいたい。塾講師がこんなことを言うのもどうかと思うが、正直どこの高校に行っても自分の人生が決まってしまうことなんてない。しかし受験を通じて"自分の人生をネジ曲げていける力"は身につけられると思っている。それを生かすも殺すも自分次第だ。