期末テストが近づいてきた。
私はよく生徒に「テスト範囲どこだっけ?」と訊く。
範囲表は見せてもらってるので本当は聞かなくても分かるがあえてやる。生徒の意識づけになるからだ。テスト勉強の計画は大枠を決めることから始まる。そのためにはテスト範囲がわからないとできない。範囲表が出ているのにその確認をしていないのは"勉強をしません"と言っているのと同じだ。
だから私のほうで範囲を確認し、その内容にあった対策を施してしまうとその子はいつまで経っても自立して勉強していくことができなくなってしまう。親がなんでもかんでもやってあげてしまうと子供がだらしないままになってしまうのと同じ。自己管理の力は学力に影響する。なんでもかんでも手取り足取りやってあげてしまう塾に存在価値はない。
ちょっと異常なほどインフルエンザや風邪が流行っている。
塾生の休みも非常に多く、学校の話を聞いてもすでに学級閉鎖の話題が4件くらい出ている。
テスト直前なので罹ってしまった子は不憫でならない。
こればっかりは気をつけても防ぎきれないこともあるので仕方ないが、本当に体調には気をつけて。
手洗いうがいをしてしっかり睡眠もとろうね。
今日は中3生にとって期末テスト前最後の土曜日だ。
受験生は1秒たりとも無駄にはできない時期。今日は朝からすでに10時間くらい勉強をやっている子もいるはず。
この時期は焦りが出て勉強が手につかないとなってしまう子もいたりするが、「勉強の悩みは勉強でしか解決できない」。焦りの元を辿ればきっとその結論になる。成績が伸び悩んでいて焦っている子は1度基本に立ち戻り、自分の基礎力がちゃんと固まっているのかを見直した方がいい。偏差値が60以上ある子でも基礎がスカスカなんてことはザラにある。基礎問題をしっかり復習し、前よりも歯車がガッチリ噛み合うような解き方ができるようになっていくとそれが自信につながり成績が伸びる。
インフルエンザが猛威をふるい出している。もうすでに何件か学級閉鎖が起こっているとも聞いているので、体調管理に気をつけて勉強に邁進してもらいたい。
2025年もあと2ヶ月を切った。本当にあっという間だ。
受験生も腰を据えて勉強できるのはそれまでと考えておいた方がいい。年が明けると受験が始まる。そうなるともうあっという間に受験生期間は終わってしまう。あと2ヶ月、1日たりとも無駄にはできない。
まずは2週間後に期末テストを控えているのでそこにしっかり照準を合わせて勉強し良い成績を目指そう。人生で「これほど勉強したことはない」というくらいに振り切っていこう。
小学生の頃、「電車」にやけに詳しい友人がいた。当時の私はまだ知らなかった東武線の駅を順番に全て言えたり車両がどうだとかなんとか、今でいう"乗り鉄"というものなのだろう、当時はそんな言葉はなく私も彼の知識量の多さに驚き半分、呆れ半分で話を聞いていたような気がする。
今思うとその子の知識は鉄道に関するものを超えて地理の世界に差し掛かっていたような気がする。「自転車で北千住まで行った」「途中梅島陸橋が」当時の私は世界がこんなに広いなんてことは知りもせず、当然出てくる地名も分からず彼の話す話を興味なさそうに聞いていたと思う。私には近所の草むらで捕まえたカマキリの入った虫カゴの中だけが世界だった。
今、YouTubeで旅行チャンネルのようなものが好きで見る。アラスカ州のバローに行ったり、中国と北朝鮮の国境沿いに行ったりするようなちょっとした冒険ものがお気に入りになった。国内・海外問わず多少の旅行経験を経て「もっと色々なところを見てまわりたい」と思うようになった。地理は体験の学問だと思う。実際に行ったり見たりしなくては分からない空気がある、人の生活がある。そういうものをもっと知りたい。地理を教えていると、ただの知識の伝達になっていることを残念に思うようになった。
きっとあいつは、もっとカラフルな地理を教えられるのだろうな、と思う。
地球の自転速度はおよそ時速1670kmらしい。緯度の関係で日本にいる場合はおよそ1500km。新幹線の5倍。太陽の周りを回る公転速度に至ってはおよそ時速11万km、もう想像もつかない。
それだけの猛スピードで動いているのに、大気や重力の関係で地球上にいる我々には普段そのスピードを全く感じられない。おぎゃあと生まれてくるときに、つむじがぐるぐる渦を巻いているのだから何かしら影響は出ていると思うのだが不思議なものである。
これと同じで、成績トップ層の子達はバリバリと勉強しているが、当の本人は涼しい顔をしているどころか"まだまだ足りない"と思っているくらいなのだ。その速さ、激しさの中に身を置いているものには感じられないスピードなのだ。コツコツと継続し、その中で徐々にスピードを上げ集中力を高め密度を濃くしてきた人の勉強はまるで台風だ。だが本人はそれが"当たり前"になっているので台風の目の中にいるように穏やかな顔をしている。