選択に悩むのはそのことを知らないから

読書の話をしていて、「本屋に行っても何買っていいか分かんない」という生徒がいた。本屋にはたくさんの本が並んでいて、何を手に取れば"正解"だろうかと思ってしまうのだろう。それは「自分の読みたい本」が正解なのだが、まだ自分に読みたいものができていない時期の悩みだと思う。やはり最初の読書体験は周りの大人が本を一緒に選ぶところから始まる。

自分の中学生時代、本は迷わず手に取っていたが、友達と遊びに行く時の"服装"で悩むことはあった。何を着たら"正解"なのか分かんない、と。何を着たところで自分の足が伸びるわけでも頭が小さくなるわけでもないのに。フランケン少年も思春期だった。
同様に、今サブスクで何かを選んで楽しもうとする時に似たような感覚になることがある。要は"多すぎる"のだ。一度に全部見せられても選び切れない、とっかかりが欲しいと思ってしまう。ある程度ガイドがあればそのあとは上手く歩けるようになると思うのだが。

きっとこれが、受験生になって学校選びをするときに「どこでもいい」という子の心理なんじゃないだろうか。結構いる。きっとそういう子は持っている情報が少なくて選ぶための基準がまだできていないのだ。そんな場合はとにかく情報を持たせてあげるのがいいだろう。一緒に学校調べをして見学に行き、実際に校舎を見てイメージができれば少しずつ変わっていく。親の「行きたい学校でいいよ」は、子供が最終的に2択に絞ってから言ってほしい言葉だ。

ただし学校見学に行くと「綺麗な校舎がいい」となって私立を選ぶ傾向がある気もする。校舎の築年数はその学校の本質ではないと思うので他の情報も必須、校舎の綺麗さは1週間も通えば飽きる。

文明の夜明け

誰だって"怠けたい"ものだと思う。洗い物はたまるしトイレ掃除は憂鬱、「Uberもっと安くならないか」って思ってる。

でもこれは太古の記憶が人類の遺伝子に組み込まれているせいだからなんじゃないか。他の動物を追っかけて生きていた時代、いつも食べられるわけじゃなかったのでセカセカ動いてしまうとカロリーを消費してしまう、だから動かなくていいならできるだけ動かない。うん、きっとそうだ(個人の感想です)。

そんなわけで、誰だって"怠けたい"。これは成績優秀者、トップ層の子でも同じだ。学年トップを取ったことのある子に「休みの日は何してる?」と聞いたら「ゴロゴロしてます。」と、休日のお父さんみたいな返事が返ってきたことがある。

でもそういう子は勉強を完全にOFFにはしない。休んで、怠けて、ゴロゴロしているようでも、"ほんのちょっとの勉強"は必ずやっている。竈門の火を完全に消すことはないのだ。なぜなら勉強を完全にやらなくなってしまうと再始動するのが大変なことを知っているから。このあたりが"やらなきゃ怒られる""やらなきゃヤバい"となってから勉強し出すウホウホ原始人とは違うところ。

テスト前だけジタバタして結局成績が上がっていない生徒は、早いところ勉強の稲作を始めた方がいい。

「"ダム"って何ですか?」と聞かれた日に思ったこと

ここ数年、理社の質問をしてくる子と話をしてみて感じるのは「モノを知らないな」ということだ。以前は理社が苦手でも妙に詳しい分野があったりする子もよくいたのだけど、今はそういう子に遭遇することが減ってきたように感じる。

しかしそういう子が無知なわけではなく、きっと私と会話する内容以外のことで詳しいことがあったりするのだろう。「モノを知らない」の"モノ"とは、私の生きている世界に存在する"モノ"だ。

スマホの普及で見ている世界が細分化されているというのはあると思う。その子の普段見ている、生きている世界が勉強に出てくる用語や世界と重なっていない、だから既存の勉強世界の言語で話しても通じない、その子の世界にその用語は"存在しない"から。

そう考えると、もう今のテストで人の能力なんて全く測りきれていないのだろうし、そういう新しい学力みたいなのを育ててる子たちが良い高校・大学に行くには、"外国の文化・言語"を学ぶような障壁があるのかも知れない。まだ勉強の世界は既存の価値観で動いているからだ。

積立て勉強貯金

子供の頃は、自分に経験が積立てられていくなんて実感が湧かなかった。やったこと経験したことが自分の知識になって経験になり、力になっていく。それが人間としての厚さになっていくのかな、なんてこの年になって考えるようになった。もっと早く分かっていれば…。

積立てで効果が出やすいものの中にダイエットや筋トレがあると思う。だから大人になってハマる人も多いのだろう。積立てはお金だけじゃないのだ。

そして勉強も同じで、積み上げれば割と早く効果を確かめられるものだと思う。高校受験・大学受験で、もっと直近では学校の定期テストでその効果が表れる。成績はどれだけ積み上げられたかの数値化だ。そう考えると恐ろしい、自分の預金通帳を公開するようなものなのかも知れない(ちょっと極端すぎるかな)。

今日勉強している子は、スマホをいじってる子よりも確実に積み上がっている。

学習姿勢の矯正

勉強が「ポーズ」になってしまっている子というのが一定数いる。
実際に自分の力になるやり方ではなく、見ている人に"自分はやってますよ"とアピールするだけのもの。
形だけの学習なのでいざテストを受けてみると全然できていない。そして結果が出た後で「一生懸命やったんだけどなぁ。」と言う。
しかしこれを責めることはできない。こういう子は自分ではちゃんとやっているつもりなのだ。だが結果が示す通り力になっていない。なぜか。

どうも「勉強しなさい」とか「宿題やったの?」とか声をかけられ続けるとこのタイプになりやすい気がしている。これらの声掛けは勉強を"やれば"、宿題が"終われば"追及されることはなくなってしまう。つまりはポーズで済んでしまうのだ。ある意味では被害者だろう。しかし声をかける方も「勉強しなさい」の中には当然"効果のある"を含めているつもりだ。子供の学力を伸ばすためにグッと入れた力が横にグニャリと逃げていってしまう状態になっている。その入れた力を伝えるための仕組みがないばかりにお互い不幸になってしまっているのだ。

実はこうなってしまった子の学習姿勢を矯正して、再び勉強ができるようにするのはかなり骨が折れる。ポーズをつければ"許される"経験を得てしまう、変な歪みがついてしまっているからだ。こうなってしまうと何も間違ったことをしているとは思えないので、なかなかやり方を自分で変えていくことができない。なので徹底的に実力主義、結果で判断される場所に身を置いて、"結果を出さなくては意味がない"を自分が納得できるまで矯正を続けるしかない。

テスト直し

中間テストの答案が返却され始めた。返却されたら塾に持ってきてください。

すでに見せてくれている子もいて、良い点数だった科目も残念だった科目もある。だが大事なのは次に繋げることだ。良い点数だったものは次もそれをキープしたいし悪い点数だったものは反省して次は良い点数を取れるように頑張ってもらいたい。
そのために必要なのが「テスト直し」だ。

テスト直しをするとき"悔しい気持ち"を持ってできているか、これに尽きると思う。
学校の定期テストでできなかった問題、間違えてしまった問題を悔しいこととして捉えて勉強できる人は成長する。次は間違えないようにしようと意識するからだ。ただ解説を読んで「わかった」なんてやっていても何の意味もない。同じ問題が次に出ることはほとんどないので、テスト直しでするべきは間違えた問題の解き直し以上に、「次はどうすれば全部の問題に答えられるようになるか」を考えることだ。

伸びていく子はテストが終わった後もそのテストのことを引きずってるくらいの子だと思う。切り替えは大事だけれど、結果の痛みを忘れるようでは次につながらない。

自習室で静かな生徒

越谷という場所のせいか、このあたりの中学生で優秀な子の中にはもっと上位校に行ける力があっても「越北でいい」という中学生が結構いる気がする。

昔勤めていた教室で、いつも自習室の隅で勉強している受験生の女の子がいた。いつもいつの間にか塾にいる感じで、メインの自習室ではなくサブで用意していた机が2つだけの隅っこのスペースで勉強している。そして質問に来た生徒やアルバイトの先生でごったがえす塾のゴールデンタイム、職員室が騒がしくなっているときは気配が感じられず、生徒たちが帰ったり授業が始まったりして喧騒が過ぎ去った後、私のところに質問を持ってくる。当時教室長をしていた私は職員室にいたのでその流れが見えていたけれど、他の子と時間の流れが違うような生徒だった。

模試の偏差値がすこぶる高く、学校の成績も申し分なかったことから一度「浦和一女受けない?」と言ってみたのだが、その子は「越北でいい」と言った。まあ、自分で考えてのことなのだろうなと思ったのでそれ以上は特に何も言わずにその子は越谷北高に進学していった。

塾の最後の日その子が私宛に手紙を書いてきてくれていたのだが、そこには「勉強が嫌いだったけれど、先生のおかげで楽しくなった。」と書いてあった。それまでそんな素振りは全くなかったので成績優秀な子の中にも勉強嫌いを明言する子がいることに驚いたが、それでも楽しく塾で過ごしてくれていたのだなと思い嬉しかった。

2学期中間テスト

明日からは近隣の中学で中間テストが始まる。
本日は3連休の最終日。さすがに遊んでいる塾生はいないとは思うが、精一杯勉強して後悔のない当日を迎えてほしい

自分の中高生時代を振り返って見て、「他人の努力量」と言うのはあまり見えていなかったなぁと思う。もちろん見えていたからと言って自分も負けないように努力できたかは分からないし、そもそも勉強は自分との戦いなのでそこを気にしていても仕方がない部分もある。しかしもう少し自分に危機感があったらもう少しやれたんじゃないか、と思うこともある。

テストの直前、前日などは10時間以上勉強できてはいたが合計で100時間には届いていなかったと思う。塾講師になってみて、学年のトップクラスの子はやっぱり100時間はやってるなという印象だ。それに、毎日コツコツと積み上げる1日2時間の学習が伴って学年でトップを取れる器になるのだな、と思う。とどのつまり、できる子はやっている。

この仕事に就いて、当たり前のことをきちんとやる人が成果を出す、そして後悔は先には立たない、という至極真っ当なことを感じている。

定期テストの勉強

もし自分が中学生時代に戻ったら、と言う妄想シリーズ。

5科目分の定期テストの勉強について「自分だったらコレをする」ということを書き殴ってきたが、どの科目でも「教科書」と「学校のワーク」から手をつけている。結局大切なのは教科書レベルの内容の習得で、その練習に学校のワークが最適だと言うこと、学校の定期テストはそれらから出題されることを伝えたい。

やっている量の割に成績がイマイチな子の中には、"あれこれ手を出しすぎている"と言う場合がよくある。塾のワークやプリント、親に買ってもらった問題集、もちろん学校のワークや配られたプリントも…と目につくもの全てをやろうとしてしまうあまり、ひとつひとつが"薄く"なってしまっているのだ。結局どの教材もきちんと習得できずにテストを受けているものだから点数が伸びない。

確かに一度やった問題をもう一度やるよりも新しい問題に手を出したくなる気持ちはわかるが、大事なのは新しい刺激を求めることではなく身についているかどうかだ。プロスポーツ選手でも毎日素振りをする理由と同じ。単調なことでも繰り返した先にはすごい結果が待っている。プロとは普通のことを想像を超えるくらいやり込める人のことだ。あれこれ手を出すよりも"この1冊と心中する"つもりの1冊(この場合は学校ワーク)を決めてそれをやりこむ方がテストの点数は高くなる。何ページにどんな問題が載ってたか言えるまで繰り返してるか。通知表で「4」が取れない子は一度、やることを絞り込んでみた方がいいかもしれない。

定期テスト社会の勉強勉強

もし自分が中学生に戻ったら、という妄想シリーズ。

定期テスト社会の勉強には自分なりの一家言がある。「教科書に始まり、教科書に終わる」。とにかく教科書を読み込むことをすると思う。

とはいえ勉強のスタートは学校のワークから行うと思う。まずはワークで用語を全て暗記する。そのために最初からワークを解くことなどしない。いきなり解答を見て答えを書き込んでいってしまう。それを暗記マーカーや何かで隠しながらさっさと暗記作業を行う。"分からないところは教科書を見ながら埋める"と言うワーク1周目をやるなんて本当に無駄な作業だと思う。終わった後、満足感以外に残るものはあるのか…とにかくテストでは頭に入ってる者が勝つ。学校のワークなんて暗記用教材にすぎない。

しかし学校のワークを全て暗記してもテストでは80点くらいにしかならないだろう。それを超えて行くためには記述問題や資料問題への対応。そのために教科書が必要になってくる。教科書のテスト範囲は全部音読。毎日1回読めば2週間で14回。これだとやや足りないのでもう少し前か2日2回くらい読んで30回くらいは反復しておきたい。割と教科書の本文そのままの問題や解答と言うのも多い(これは入試問題でもそうだったりする)。そして定期テストで出題される資料問題の資料は教科書の欄外から引用されることが多い。テストの答えを与えられているのでそれを見ておかない手はない。欄外のコラムや資料の解説は入念に読む。結構面白い。

地理ならばその上で地図帳を開いて気候区分や山脈・川などの自然もチェックする。テスト前だとすでに遅いが、白地図にまとめると頭に入りやすい。歴史なら資料集で文化史や年号も確認する。出来事の並び替え問題も最近は微妙にいやらしいものが出たりするので流れとともにその流れに関係なさそうなポッと出てくる出来事の時系列も押さえたい。

あとはとにかく記述対策。これは地歴公民いずれも流れ・背景の理解が大切だ。なぜ徳川慶喜は大政奉還を行ったのか、なぜヨーロッパ州は高緯度なのに気温が穏やかなのか、人に語れるくらいの「社会マニア」っぷりが欲しいところ。そしてこれらは教科書をどれくらい読み込んでいるかが大きく影響する。昔越谷北高に進学した女の子は社会の教科書を読むだけで北辰偏差値70を突破していた。その子の教科書はマーカーが重ね塗りされていてボロボロだった。社会の勉強は教科書に始まり教科書に終わる。社会に関していうと、あまり様々な問題集などを手広くやろうとしなくていい気がする。

定期テスト理科の勉強

もし自分が中学生に戻ったら、と言う妄想シリーズ。

定期テスト理科の勉強は、"理解していること"に重きをおく。
大きく分けて問題の種類は"理論の問題"と"実験考察問題"に分かれ、問題の内訳は"知識""記述""計算"の3つに分かれる。そのどれにも重要なのが理解で、用語を暗記しているだけでは太刀打ちできなくなりつつある。

まず用語の知識は早急に固める。学校のワークを使って用語の暗記をする。用語のページが空白のままでも用語を入れながら読めるようにする。そして今度は反対に解答の用語からその定義を説明できるようにする。過去に近隣の中学校で用語の定義が中心の問題構成の定期テストがあって、"いい問題作るな"とは思ったがその回の平均点が阿鼻叫喚の結果になっていた。本当は学校の先生方も生徒にここまで求めたいのよ。

用語が一通り入ったら今度は実験考察問題の対策をする。これはよく出るパターンが学校のワークにも載っているのでそのポイントを押さえるようにする。遺伝の範囲ならば孫の代までの掛け合せを理解、電力の範囲ならば電熱線で水温を温める実験、化学の分解ならば酸化銀・炭酸水素ナトリウムの熱分解と水の電気分解の実験は押さえる。その時に頻出の記述問題もあるはずなので理解して解答を丸暗記。試験管を傾ける理由なんて自分が実験して割った時のことを思い出せ。記述問題になりやすいのは実験上の注意点からだ。

それができたらいよいよ計算問題対策、ここはみんな嫌いで嫌厭するのでここができると一気にトップクラスへ昇格できる。実験考察問題の最後の問題として出てくることが多いので、学校のワークの問題を大切に解けないものはないようにしておく。その際ただ式が建てられるのではなく、なぜその式になるのか人に説明できるようにしておくことが肝心で、問題をひねられたときに対応できるかどうかはこう言う訓練をしているかにかかっている。地震速報と地震発生時刻の計算問題や化合の過不足のある問題などなかなか難しいものもあるのでワークだけで不安な場合はそれ以外の問題集にもあたりたい。

あと理科(と社会)の学習で大切なのは「図解」だ。勉強するときに自分で図を描くようにすると学力が跳ね上がる。花の断面の絵は描けるだろうか、寒冷前線の断面図は?1枚の紙に図を描いて学習事項を書き込む勉強をしておくと頭が整理されやすい。問題を解くだけが勉強じゃない。

定期テスト英語の勉強

もし自分が中学生に戻ったら、と言う妄想シリーズ。

定期テスト英語の勉強は、とにかく音読をする。
今の中学英語は教えることが多くなってしまったせいか、教科書を使う機会が減っている気がする。しかし教科書に載っている英文のレベルは昔と比べるとめちゃくちゃ高い。この文章をきちんと習得するだけで高校受験はおろか高校生になってもしばらくは困らないと思う。

定期テストに向けての勉強は、まずは教科書の音読。該当範囲の本文が載っているページは暗唱できるようになるまで繰り返す。英文の暗唱は頭の中で同時に日本語訳も出なくてはできない。つまり暗唱をすることで日本語訳の勉強もできていることになる。だからここに時間をかけ丁寧に行う。本文の単熟語は全てわかる、文法はきちんと理解している。文構造はつかめているという段階まで持っていくとテスト範囲全ての英文を頭に入れられる。それまでは辞書との格闘をすることになるが、辞書を引く回数が多いほど実りも大きくなる実感がある。

それができたらワークの問題に手をつける。教科書ががっちり理解できているとワークを進める手も速くなる。語彙の問題や本文の内容の問題は割と問題なくできるようになっているはずだ。進出の文法問題は並び替え、穴埋め関わらず解いたら必ず自分で日本語訳も行う。問題になっている部分以外からも力は身につく。問題のもつ栄養分を全て吸収するつもりで勉強していく。

リスニングは配点が大きくなってきているので対策をしたいところだが、テスト直前期に効果的な勉強法はあまりない。今の教科書にはQRコードで音声が聴けるので、それを毎日聴いてシャドーイング(追っかけて発音)する。頭の中で日本語訳も行う。
英作文対策は1人でやることが難しい。問題を解いたら学校や塾の先生に添削をお願いする。意外とこういうことをすると先生から解説の"おまけ"をもらえたりするので利用できるものはどんどん利用する。
あとは単語の暗記や文法問題の上積みを作っていく。単語力の弱い生徒はいくら文法を理解してようが、"昔英会話をやっていた"だろうが中学校の英語で成績上位には入れない。語学の力は語彙力の上に成り立つ。

定期テスト数学の勉強

もし自分が中学生に戻ったら、と言う妄想シリーズ。

定期テスト数学の勉強はとにかく経験値を稼ぎまくると思う。さまざまな問題集のテスト範囲の問題を解きまくる。ただし学校の定期テストは学校のワークと教科書に載っている問題からの出題がメインになる。だからそれらの解き直し、反復を繰り返しつつ行う。

まずは学校のワークのテスト範囲を一通り「解ける・解けない」と仕分けする。テスト直前期にできる問題に時間を割くのは勿体無い、それは日常学習で計算力を養う時にすべきだ。なので問題を見てパッと解法が浮かぶ問題は「解ける」、それ以外は全て「解けない」として解ける問題の横に小さく「○」の印をつける。これが全問題につくまでは解説を見て解き方をなぞって解いたり、解き方を頭の中で人に説明するように追って見たりして繰り返す。この時手を動かさないと身につかないのでメモ紙などに書き殴りつつ行う。

計算問題などはB問題など難しいものから手をつけて、できればOK、できなければ簡単な問題へと戻る。文章題は問題文を読んで立式できればOKとする、計算まではやらない。関数・図形・確率は丁寧に一つずつ問題を洗う。定期テストで応用問題が出ることは稀なので確認〜標準レベルの問題でできないものはない状態を目指す。

学校のワークと教科書だけでは対した問題数はないので、経験値稼ぎで他の問題集があれば、ここまでできた上で手をつけていく。この時に少しレベルの高い問題にもチャレンジしておく。この作業が今後の応用力を伸ばす。また応用問題は基礎の組み合わせでもあるので、応用問題を解くことによって基礎事項の確認にもつながる。あとは前日きちんと寝て頭がしっかり働くようにしておく。

定期テスト国語の勉強

もし自分が中学生時代に戻ったら、という妄想シリーズ。

定期テスト国語の勉強は何をするか。まずは1にも2にもなく学校のワークの暗記から行う。説明文も小説文も、学校ではワークの問題を元に記述問題が作成されている。だからワークの記述問題の解答も1字1句丸暗記する。ただし内容の理解が伴っていないと出題の角度を変えられたら太刀打ちできないので内容理解に努めつつ暗記。なぜその答えになるのかを学校の授業の板書ノートと解説から理解する。そして教科書本文の該当箇所を「筆者はここでこう言っているからこの設問の答えはこうなるのか」と理解できるようにきちんとひろっておく。

続いて教科書の読み込みを行う。これは完璧じゃなくとも本文が概ね頭の中に入れば20〜30回くらいでよしとしておく。その際読めない漢字や知らない表現や言葉遣いはなくなるように辞書も使う。本文の後ろには作品の概説が載っていたりするのでそこも何度かは読む、筆者の他の作品や作品の時代なども問われることがある。和歌や古文は本文・作品を暗唱できるようにしておく。本文の穴埋めが出題されたら点取り問題だ。もちろん現代語訳・解釈の暗記もやる。中学時代にこれを一生懸命やっていたおかげで古文の力がついた記憶がある。品詞分類まではできなくとも、文節ごとに訳を対応させられるくらいにはしておいた方がいい。重要な古語や和歌の表現技法などはこのタイミングで覚えてしまう。

そして作文対策。これは学校でお題が出ていればその内容をざっくりと考えておく程度。大体は出たとこ勝負になるので日頃から作文練習をしておくしかない。ただしテスト中はここに時間を取られすぎないように気をつける。時間配分大事。

それから漢字や慣用句などの語彙問題対策。これは直前にも詰め込むが、余裕があったら1日20分くらいずつに分けて暗記する。ただし暗記は少しずつ進めるのではなく、出題範囲全てを7割くらいの出来でいいので繰り返す方が身につきやすい。少しずつ進めようとすると時間がかかりすぎる。ここに時間をかける生徒は成績が悪い。

最後に文法問題。まずは文法の知識は授業を受けている最中に覚えておくことが理想だが、もし忘れていたらその暗記から。そして問題を解きまくる。教科書、ワークに載っている問題はもとよりその他の問題集にも手を出したい。文法は完璧の基準が自分では測りにくい上配点がそれほど大きくないのでこちらもあまり時間はかけず、問題演習で実践的に身につけておく。

これらの内容をできるだけ高速で繰り返す。他の科目との兼ね合いもあるが2週間で10周を目標にする。後半復習が機械的に何も考えずにできるようになってきたら他の問題集にも手を出して経験値を稼ぐ。

中間テスト

中学校の2学期中間テストが近づいて来た。

今日はテストまでに残り2回あるうちのはじめの土曜日だ。土日は勉強量を稼ぐチャンス、おおいに勉強をしてもらいたい。
土日にそれぞれ5時間ずつ勉強できれば平日2時間しかできなくても2週間で40時間の勉強時間が確保できる。

そうしたら勉強の内訳としては、1科目に8時間ずつ割けるのでワークを1周目2時間くらいで終えられれば3周程度は反復し、そのほか暗記作業と教科書を少し読んだりする程度の時間が残される。今からでも平均点は十分に越えられる学習時間だ。

もちろんその子の元々持つ学力に左右される部分が大きいだろうし勉強は時間ではなく量、この残された時間内で何をするかにもよると思う。でも今からでも動く人と動かない人では結果に明らかな差がつく。勉強とはそれを学ぶ良い機会だと思っている。

友人関係のもつれ

中3受験生が部活動を引退してから2、3ヶ月ほど。この間に持ち上がってくるのはいわゆる"友人関係"の問題。仲間外れにされた、いじめられた、等々。私も数年に1度は必ず耳にする。これは秋が深まり受験の緊張感が高まってくると落ち着く。子供達もそんなことをしている"余裕"はなくなるからだろう。

昔別の塾で働いている時にあった印象的なのは、学校での友達グループの対立を塾に持ち込まれたことだ。
学校で何か揉め事があったとかで、塾の出口を出たところで1人を待ち伏せて複数人が文句を言ったそうだ。なんとも陰湿な話だ。該当生徒の親から相談され発覚した。その後塾の規約に従い厳正に加害生徒たちに注意を与えたのだが待ち伏せはなくならず、塾から少し離れたコンビニ前や公園で行われるようになり結局帰宅時は講師2人で被害生徒を家の近くまで送ることになった。注意をされた方の生徒も我々を逆恨みするかのような態度を取るようになり、塾でこちらが挨拶をしても無言で敵意を込めた睨みを返すようになった。そしてその加害生徒数人はまもなく退塾していった。一緒に対処してくれた講師たちを疲弊させる結末になってしまった。

自分の抱えるストレスを他者にぶつけることで解消しようとする人が一定数いるのだなという学びと共に、「退塾勧告をもっと早い段階で出しておくんだった」という反省の残る出来事だった。こういったものは"話せば分かる"になりにくい。