英語の指導2周目

中学2、3年生の中には中学校の英文法の学習を一通り終えて2周目の指導に入っている生徒もいる。

2周目はまたbe動詞・一般動詞の指導からなのだが、ここで余裕綽々の態度をしている生徒ほどきちんと身についていない傾向にある。三単現のSの付け忘れはもちろんのこと一般動詞の疑問文を"Are you play"と書いて来て採点の際に目の前が真っ暗になることもある。

だが、知識は1回の学習では完璧に身につくことはない。2度3度と同じことを繰り返し少しずつ身についていく。そして同じことの繰り返しでも1回目よりもより深い理解が得られたりすることも多い。

また、"理解が後から追いついてくる"という体験をしておくことも大切だ。学力の高い生徒に話を聞くと、勉強において「分からないところは一旦置いておいて"先に進む"」と話す子が多い。わからないところで止まってしまうと学習量が減って学力が伸びない。分からないものがあっても「後で理解できるようになる」という実感を持っていれば「後で戻ってくればいい」と先に進める。この差は大きいと感じる。

自然災害と中学生

関東でも激しい暴風雨を降らせた台風6号は4日、温帯低気圧に変わった。
台風6号の被害、重軽傷33人に

被害に遭われた方には衷心よりお見舞い申し上げます。
怪我人が33人にのぼり内2人が関東の重傷者であることを考えると決して軽微な被害ではなかったけれど、それでも関東では翌日には日常生活が送れている。やはり日本は自然災害から学んできた国なんだということを実感する。

中学2年生の社会では日本地理に入っている。昔に比べて今の教科書は災害対策に関する記述が圧倒的に多くなった。地形や気候を学んだらすぐに自然災害の項目がある。地震、津波、台風、洪水などの用語が太字で紹介され、今の子供達はハザードマップを常識として知っている(私の中学生のころは無かった)。

教育は過去の痛みを知恵として次に伝える役割を担う。教科書の知識は今まさに現実世界で力を発揮している。

台風6号

台風6号が近づいてきている。今夜の夜更けから明日の昼くらいまでが関東に最接近するようだ。
明日の塾が始まることにはもう落ち着いているかも知れないがどうだろう。今夜の状況を注意しておかねば。
この後塾に来られる生徒のみなさんも十分お気をつけください。

合格に必要な勉強時間

大学受験業界で囁かれるのは「上位難関大に合格するには2000時間の学習時間が必要」というものだ。

もちろん昔と今では受験の世界も全く違うし、そもそも人によって学力の状況も違えばどこの学部受けるにも同じ学習時間でいいの?と言ってしまえば全く根拠のないことなのだろう。しかしこのように言われるにはなにか理由があるのだろうなとも思うのでとりあえずの目安にはしている。

この2000時間は学校の予習復習以外での学習時間のことだ。高校1年生から始めようとすると1日2時間程度、高2からなら1日3時間弱、しかし高3から始めようとすると1日5時間半ほどになる。長期休み期間はそれ以上できるとしても平日学校がある日に行うのはちょっと難しい。つまり難関上位大を目指すならば高3から勉強を始めるのでは遅いという話になる。なんとなく"受験格言"のようなものをひねっている人の好きそうな流れで書いてて恥ずかしいのだけど。

実際に高校生と勉強計画を立ててみると分かるが、4月から受験のある2月上旬までの期間内に基礎固め・実力養成・過去問演習及び仕上げの期間を問題集ベースで入れ込もうとすると結構キツキツになる。それまであまり自主学習できていなかった生徒がこれをこなせるのか…と不安にもなるが、本人の志望校がそこならば必要なことを提示するのが塾の役目と思い、心を鬼にして「やれ」という。いずれにせよ準備は早いに越したことはない。

通知表の「2」は警告である

弊塾を訪ねてきた中学生の面談をすると、通知表に「2」がある生徒がたまにいる。

通知表は1から5までの5段階、なので3を真ん中として「2」は「4」と同じ割合いるのではないかというとそういうわけでもなさそうだ。あくまで塾を運営していての肌感覚なのだが。定期テストが平均点よりも多少悪くても普通に授業を受けている子の通知表は大体「3」になる。通知表で「2」がつくというのは、定期テストでよっぽど悪い点数を取ったか、授業態度や提出物等の平常点が悪いかしないとつかないイメージだ。(「1」は授業に参加していない等の特別なことがない限りついているのを見たことがない)

学校の先生方も「2」の評価は付けづらいのではないかと思っている。なぜなら、高校受験で募集要項に「通知表で2が無いこと」を推薦基準にしている私立高校が結構あるからだ。埼玉県の受験では、推薦を取らないと私立高校に入るのは相当難しい。つまり生徒に「2」を付けてしまうとその子の進路を狭めることになる。もちろん学業の評価が情に絆されてはいけないのだが、事情を知っている先生としてはやりずらいだろう。

しかしそれでも学期末の評価で「2」が付けられている場合、これは教科担任からの「警告」と受け取るべきだ。受験で資料として使われるのは学年末の評価。1学期末の評価で「2」がついた場合、もし2学期も「2」になってしまうと学年末で「2」を確実に脱するためには3学期で「4」以上の成績が必要になる。本当に学力的な面でついてしまったのならば仕方がないが、提出物忘れや授業態度が悪い等の"直せる"面でついてしまった評価ならば、「もう後がありませんよ」という先生からのメッセージを真摯に受け止めてすぐにでも変わっていかねばこの先の人生はおろか高校受験で早々に自分が苦しむ。明記されてなくても埼玉県内の私立高校で「2があってもOK」なところってあんまりないよ。

勉強することで起こる変化を楽しめ

勉強もダイエットや筋トレと同じで、続けなくては効果は出ない。

勉強の仕方を見ていて、もったいないなぁと感じる生徒がいる。"テスト前だけ"勉強している子がそれだ。確かに直前に暗記した用語はテストで書けたかも知れない。しかしそういう子は"脳が目覚めて"いない状態でテストを受けている。だからテストが終わるとすぐに元の状態に戻り、学力は伸びない。

脳が目覚めている状態とは、勉強したことが面白いように身につく状態。知識がスルスルと頭に入り、計算ミスがなくなる。問題を解く速さがどんどん速くなるのに頭はとても冷静で落ち着いている。少しスピリチュアルに聞こえるかも知れないが、テストを受ける前に学校の先生がどんな問題を出題するかまで分かるようになる。テスト直前になんとなく気になって見たところがそのままテストに出題されることだって何度も起こる。スポーツでいう"ゾーンに入る"というような状態が勉強でも起こるのだ。

その状態に入るには、日頃から勉強を続ける必要がある。毎日続けてさえすれば、それほど時間を割かなくてもなれるかも知れない。ただダイエットや筋トレと同じで、元の状態になるまで休んでしまうとせっかく貯めた"ゾーンゲージ"はゼロに戻ってしまう、だから前日の内容が頭に残っているうちにやるのだ。この感覚は、「勉強はテスト前だけでいい」としてしまっている子には一生味わえない。こんなに簡単に自分の"限界突破感"を味わえる遊びなんてそうそうないのに、やらないのはもったいない。

越境して受験すること

進学をするにあたり「越境」という言葉が使われる。

ここ越谷市だと、小学校を卒業して公立中学校に進学する際に最寄りの学校ではなく少し離れた別の学校を選択することを指したりもするようだ。近隣にいくつか中学校があるがそれぞれ特徴があるのでその希望する内容に合わせて越境が行われる。

中学校を卒業して高校に進学する際の越境は主に"都内に出る"かどうかになる。高校受験で志望校の条件に「都内がいい」という項目を付け加える生徒が一定数いる(保護者の意向の場合もある)。これは埼玉県民あるあるかも知れないが、やはり東京都内は高校の数も多く選択肢が増える。

高校から大学へ進学する際は、自宅から通う場合でも都内の大学は選択肢から外せない。埼玉県内に本籍を置く大学数は25校ほど、それに対し東京都内の大学数は日本で1番多く130校ほどあるからだ。埼玉県内の落ち着いた雰囲気の大学も魅力的だが、都内で華やかなキャンパスライフを送ることに魅力を感じる生徒も多い。

私個人としては、学ぶ場所が自分の住む場所に制限されるのはなんだか江戸時代の身分制度みたいで嫌だなぁと思ってしまうのだが、生徒には現実を見た進路指導をする。通学時間が30分伸びるだけで1日1時間は勉強時間が削られてしまうこと。2ヶ月で40時間、問題集1冊分をこなす時間が通学に奪われる。体力面でも負担が大きくなる。高校生になって、都内はもちろんのこと埼玉県内の旧8学区を出ることになった場合、ちょっと忙しい運動部にでも入ろうものなら満足な勉強はほぼ諦めることになる。そういう生徒をたくさん見てきた。"それでもやりたいことがそこにあるのかい?"と。大学まで行ってしまえばあとは自己責任だと思うが、高校までの「越境」は事情を知っている大人の助言が必要だと思っている。

中1ショック、高1ショック

高校生の中間テストが来週あたりに迫ってきている。ゴールデンウィークを過ぎたらあっという間だ。

小学校から中学校へあがった新中1生と保護者が、初めての定期テストの結果でショックを受ける"中1ショック"はよく聞く話だけれど、これは中学校から高校へあがった新高校1年生にも当てはまる現象だ。ただ保護者の方が「もう高校生なんだし」と、少し距離をとって子供の勉強面を見るようになることが多いのであまり顕在化はしないのだと思う。ありますよ、"高1ショック"。弊塾でも高1の終わり頃になって、「高校に入って勉強が分からなくなった」と大変になっちゃってる成績表を持って入塾面談に来る親子がよくいらっしゃる。

どちらにせよ中学生なら小学校での、高校生なら中学校での学習生活を引きずったままテストに突入しちゃうことが原因だ。進学したら勉強の姿勢も明らかにアップデートしなくてはならない。中学生になったら出された課題はきちんとこなしていて、定期テスト2週間前くらいから1日4時間くらいは勉強する"テスト勉強モード"になる習慣ができているか。高校生になったらテスト前に勉強しても間に合わないので毎日1、2時間はその日の復習と翌日の予習を欠かさずしているか。そのあたりが学校で"真ん中"の成績を修める子のリアルなんじゃないかと思う。それができていない子はどこかでつまづくことになる。大切なのは"以前よりやっている"という事実だ。

高校で伸びるためにも

中学3年生は高校受験に向け志望校選びも始まっている。

志望校を探すにあたり色々な項目を見比べることになると思うが、その中の一つに「進学実績」が挙げられる。進学実績を見るときに注意しておきたいのは、高校合格者数は"のべ人数"であること、つまり1人で何校もの合格を出している可能性があるため、「○○大学100名合格」とあってもその高校から100人が合格したわけではないということだ。

例として浦和第一女子高校の進学実績を見てみる。
浦和第一女子高校合格・進学者数

さすが県下ナンバーワン女子校、錚々たる大学名が連なっているが今回はそこではない。ここ3年の大学合格者数と進学者数を見てみると、

【年度】国公立合格者数→進学者数/私立大合格者数→進学者数
【2024】142→157/1209→197
【2025】160→141/1138→191
【2026】171→158/1018→180

国公立大は前期後期それぞれ1人1校受験かつ第一志望にする場合が多いので、合格者数と進学者数は概ね一致しているが、私立大の合格者数に対して進学者数が極端に減っているのは複数校受験のためだ。単純に国公立と私立の合格者数を合計しておよそ350人、それで私立大の合格者数を割ると一人当たり3校ほど合格している。不合格はカウントされていないので1人あたりの受験校数はそれ以上になっているだろう。
一女はこのように合格者数だけでなく進学者数も公表している。学校の姿勢として、ただ大学合格だけを目指すのではなく"誰が、どこに"までを見守ってくれているようで好感が持てる。

話を戻すと、私大の合格者数は成績優秀者が1人でいくつも稼いでいる場合がある。だから数字だけを見て、「あの学校は中で生徒みんなを伸ばしてくれているのね」と早合点するのは危険かも知れない。合格者数を稼ぐために、受験指導で生徒を推薦ではなく一般受験に誘導したり、必要以上の併願校を受験するように勧めたりするという話も聞く。それが悪いわけではないが、合格実績を見る際はその中に推薦試験の合格者も含まれていることも念頭に置き、中高一貫コースも併設されている高校ならば一貫コース生と高入生の実績を分けて発表しているかなども注意してみると見えてくるものがあるかも知れない。

越谷市内の特色選抜採用校

先日春日部東高校の特色選抜について書いたので、越谷市内の学校についても触れておく。

まず2027年より始まる特色選抜についてだが、埼玉県立高校入試は「試験」「調査書」「面接」の3つの項目が評価対象となる。その評価基準が県の定める一律の計算方法を採用する「共通選抜」に対して、学校が自校の教育方針に合う生徒像に合わせて変更したものを採用するのが「特色選抜」となる。入試のテスト問題が変わるわけではない。ただし科目に傾斜配点をつけれらる(英語を200点とする等)。この他に「特色検査」として体育や芸術の実技、作文や小論文を課す学校もあるようだ。

まだ暫定だけれど、越谷市内では越谷南高校がこの「特色選抜」を行うとされている。
令和9年度公立高校入試の各高等学校の選抜実施内容(暫定版)

越谷南高校は普通科・外国語科ともに調査書(通知表)の学年間の比率は「1年:2年:3年=1:1:2」で共通選抜と同じだ。しかし調査書の配点が普通科では「1次選抜/2次選抜=200点/350点」。外国語科では「1次選抜/2次選抜=250点/400点」とやや高めで、面接の配点が普通科・外国語科ともに「1次選抜/2次選抜=100点/150点」とかなり高い。共通選抜では面接の配点は30点か60点のどちらかを採用することになっているので、それに比べると面接重視の入試になりそうだ。

越谷南高校といえば場所もレイクタウン駅にあり、この地域でもかなり人気の高い学校で毎年入試倍率も高めになる。だからというわけでは無いだろうが、ペーパーテストの点数だけでなく、中学校での取り組みや自分の言葉で話す自立性のようなものを重んじた入試を目指しているのかも知れない。

納得の上での塾通い

ゴールデンウィークも過ぎたが、少し体調を崩している子が出てきている。寒暖差も大きい時期なので、体調管理に気をつけていきましょう。

塾は生徒を募集する。ウチも生徒を募集している。しかし話を聞きに来てくれた人に対して無理な勧誘はしないようにしている。しつこく電話をかけたり、「○○日無料体験」のように一度敷居を跨ぐと離れにくくなる仕組みを用意したりもしていない。経営者としてはダメなんだけどね。
でもやっぱり自分で考えてきちんと納得した上で通ってほしいと思っている。昔働いていた塾では、途中退塾をされる保護者の方に

「成績上げてくれるって言ってたのに」

と言われたことがある。もちろん成績を上げるのは生徒本人なのでそのようなことを言った覚えは無いのだが、きっと無理な勧誘をしていたのだと思う。当時は私にも営業ノルマがあった。無理矢理入塾されられたと感じている人は、その塾に対してわずかながら反発心を持ってしまう。そうなると成績は上がらない。

取り繕わずありのままを話し、できないこともきちんと伝え、その上で納得してもらうのがやはり人間関係を築く上でもいい。生徒を数字として見るのではなく、ひとりひとりとして向き合っていきたい。

ゴールデンウィーク明け

ゴールデンウィークが明けた。弊塾も本日から再開する。
気温もだんだんと上がり、今日は初夏の陽気だ。


5月になると学校も本格的に授業が進んでいく。高校生は中間テストもある。中学生はこの後学総があったりもするがそれが終わるとすぐに期末テスト、いつまでもうかうかしてはいられない。私も夏に向けた準備をしながらまた気合を入れて指導していきたい。

特色選抜

埼玉県立春日部東高校のパンフレットが届いたので見ていたら、中に春日部東高校は「特色選抜」を実施します"というリーフレットが入っていた。

ざっくり言うと、埼玉県立高校入試の試験は2月に行われる1回のみだけど、その結果と通知表などの資料をもとに2回(3回のところもあり)選抜が行われる。その2次選抜の方で、春日部東高校は面接を重視した得点配分をする。1次選抜では「学力検査:調査書・面接」の比が普通科・人文科ともに「6:4」なのに対し2次選抜では「1:1」となる。つまり入試の当日点が不安でも面接の方を頑張れば逆転合格が可能になるかもしれないということだ。

公立高校入試なので大学入試の総合型選抜ほど振り切った入試方式を採用できるわけではないが、様々な生徒を集めたい意図は伝わる。春日部東高校には他所にはない人文科もあり特色のある学校だと思う。弊塾の卒業生も結構お世話になっている。

計算指導は学力の綻びを繕う作業

どの学年でも、学期はじめの数学は計算分野から入るのがほとんどだろう。弊塾でも各学年の計算問題を進めているが、ここは計算の内容を教えるだけでなく、生徒の計算に対する「姿勢」をメンテする時期だと思って指導にあたっている。

数学でズバ抜けない生徒の多くが、中途半端な"暗算"を勝手に導入してしまっている。「暗算は禁止」と何度伝えても、いつの間にかそうなっている。手で途中式を書くことを面倒くさがり、たいした計算力も持ち合わせていないのに暗算をしようとする、その惰性に業腹である。数学の計算分野は、前学年よりも計算量が増えるようになっているのでその程度の力で太刀打ちできるはずもないのに。おかげで同じ計算問題を何度も解き直したり指導したりするものだから余計に時間を食われてしまう。もしかしてこの塾で最も途中式をちゃんと書いているのは私なのではないだろうか…そうなら悲しすぎる。

入試問題にあるような数学の応用問題は計算量が多い。それを解いている間にミスが発生したり、計算に脳のリソースを多く取られているようでは正解にたどり着けない。計算は「はいはい、分かった分かった」程度の認識で先に進んではいけない分野なのだ。何も考えなくても勝手に手が動いていくまで体に馴染ませ、使いこなせるようになっておかねば使える計算力とは言えない。そのためには、計算の手順をひとつもブレさせてはいけない。いつでもどんな時でも同じ解法で進められる精密無比な計算マシーンたれ。

基礎を疎かにする者は基礎に泣く。数学は成長するのに時間のかかる科目だ。その積み上げの最中に綻びがあると、ズバ抜けた学力を有することなんてできない。

予習はね"広く浅く"がオススメ

今年度使うテキストを生徒に配布した。
新しいテキストが配られると気持ちも新たなものになる。生徒も早速それを使って予習しに来たりしていていい感じ…これからもちゃんと続くといいな。

ちょうど新学年が始まって少し経ったところだし、新しい教科書や問題集が配布されたら是非やっておいてほしいことを書いておく。それはサッとでいいので「全体を先に見ておく」ことだ。

先が全くわかっていない状態で学習を進めていくのは、暗闇の中を進むようなもの。そうではなく次にどんなことをやるのか、少しでもわかっていると知識の習得はしやすくなる。次に右に曲がるのが左に曲がるのかわからないジェットコースターに乗っているよりも、カーナビで"200m先で右折です"と言われた方が余裕を持って景色を見られるのと同じだ。人は知っている情報に興味を持つ。

まずは教科書の章ごとの大見出しを全部見て、次に項目のタイトル、そして本文の太字や赤字などをざっと見ておく。理系科目ならば例題の問題の解法を軽く追っておく。これだけで自分はその分野をすでに知っている状態になり、授業を受けた時の理解がグッと深まる。1時間もやればこれからの学校の授業の効果が何倍も変わってくる。

この塾を立ち上げた理由

入塾面談では弊塾の内容をお伝えしているのだが、それがなかなか難しい。あまりいないだろうなと思う、"自塾の説明が下手な塾長"って。

きっと個人塾を立ち上げた人ならば誰しもが思うところがあってのことだろう。既存の塾では自分のやりたいことができないから自分で作ってしまえ、となり街の片隅に産声を上げる。弊塾も同じ思いなのだけれど、その"思うところ"がすなわち塾のシステムになっているので、塾の説明をしようとすると自分の思いを1から説明することになってしまう。

入塾面談にお越しいただいたご家庭には、まず礼儀として学習状況を伺ってから自塾の説明を行う。その時に伺った内容でお手伝いできることがあれば、それも含めて話をする。だからとにかく長くなる…。結果初めてお越しいただいた方なのに"数年来の付き合い"くらいの膝を突き合わせっぷりになってしまうのだ。

どうかこれが"熱い"であって"暑苦しい"になっていませんように…。

予習による一発逆転の方法

予習と復習では、復習の方が効果は高い。だからどちらかと言えば復習をするべきだ。しかし、予習が効果的な場合もある。

生徒の学習状況が、現行で進んでいる内容に追いついていない場合。いつも学校のテストで平均を超えることができていない生徒は、科目やその子の学力にもよるが思い切って予習をしてしまうのも手だと思っている。

本来ならば、そういう生徒は学習の積み残しを補うために復習から入るのがセオリーだ。しかしそれだと学校の内容に追いつくのに時間がかかる。その間、ずっと学校のテストの結果が伴わない状態が続く。だった学校に先んじて予習をしてしまうことによって、とりあえず学校の授業が"復習"になるようにし現行の部分だけでもできるようにしていく作戦だ。こういった生徒は学校の授業についていけていないこともよくあるが、復習になっていれば授業にも途中参加できる。そして成績に変化が出れば意識が変わり勉強に自信を持て、復習のスピードが上がることもある。

ただしこれは、以前の内容があまり関わらない範囲からでないと行えない。迂闊に始めてしまうとかえって取り戻すのに時間がかかったりしてしまう。ハマれば生徒の成績を大きく変えることになるが、始めるタイミングの見極めはしっかり行わなくてはならない繊細な指導になる。

クラスの人間関係と成績

学校が始まって、そろそろ授業のスタートする。
この時期の生徒との雑談は主に学校の新しいクラスについてのものになるのだが、私が「どう?新しいクラス」と聞くと苦い顔をして「ビミョー」って答える子もいたりして心配になったりもする。

クラスの人間関係が及ぼす成績への影響はばかにできない。過去にはそれが原因で何十番も学校のテストの順位を下げたりする子もいた。そうでなくても人間関係がもとで修学旅行などのイベントを欠席したりという話は枚挙にいとまがない。おそらく学校の先生の話し合いで新学年のクラス分けがなされるのだろうが、たまたま近所に住んでいる同い年というだけで集められてしまう公立の中学校はそれも簡単じゃないだろうなと感じる。

反対にクラスのメンバーに関係なく一定の成績を取れる生徒もいて、そういう子は友達とも一定の距離を保って付き合っているように感じられ、あまりベタベタした印象がない。子供のコミュニティの中で互いに依存したりぶつかったりしながら、自立した精神を育てていくのが学校という場所なのだろうな、と少し考えさせられる。

県立高校入試の面接について

埼玉県立高校入試について。
"マークシート方式"とともに今年度の大きな変更点は全学校で行われる"面接"の追加だろう。

面接についてのリーフレット(埼玉県教育委員会HPより)

これまでも面接を行う学校はあったが、今年度からは全学校の受験生に対して面接が行われ、評価・観点のポイントも示されていることからその重要性は高くなる。どうやら学生時代の就職活動で就活ハイになり企業を100社まわった私の出番のようだ。

面接の流れは「入室→MyVoice→質問・応答」となり、"MyVoice"という横文字が目をひく。このMyVoice、リーフレットには"受検生のみなさんに、これまでの経験を振り返り、力を注いだことや将来取り組んでみたいことなどを自らの言葉で表現し、伝えてもらう時間を設定"とある。いわゆる「自己PR」ということなのだろうが、1分半から2分時間が与えられ、全部で5分〜8分程度の面接になるようだ。

リーフレットの中には"自分の言葉で"と繰り返し書かれている。今までの"覚えてきた文言を復唱する"ような面接とは一線を画したいという意図が見える。質問・応答の時間にMy Voice(と自己評価シート)の内容から質問がされるそうだが、質問に答えた後に「そこから何を学んだか」「それが将来どのような役に立つか」といった、もう"1ラリー"続くような面接になるんいじゃないかと考えている。

これまで習慣的に自分の考えを言葉にしてきた子にとっては別になんということもないだろうが、そうでない子は結構大変かも知れない。それなりに対策はしておいた方がいいだろう。日常的に家庭で考えを話すような会話を行なっておくことは前提として、私だったら面接の練習で想定質問に答えさせて、質問の回答を文章にまとめさせると思う。リーフレットには"準備した文章を暗記する必要なし"とあるが、こういった場での受けごたえは自分の考えの言語化をどれくらいしてきたかがモノを言うはずだ。

昔行なっていた面接練習もまた復活かなぁ。

新学年スタート

昨日から新学年がスタートした。

そのせいだろうか。昨日塾の授業に来た子たちは、まるで"ついさっき海外旅行から帰ってきた"かのような疲れた顔をしていた。本当に先ほど成田に降り立ったのかも知れない。決して朝起きるのが久々で疲れた、なんてことではありませんように。

そんな中でも私は元気いっぱいに授業を先に進めてしまった。早い子は今学年の内容が終わった生徒もいる。新学年が始まると同時に2周目の勉強がスタートする、勉強にフライングはないのだ。

勉強は始めるときが1番億劫なもの。それが動き出してしまったら後は転がる石のようにどんどん加速していける。さあ、バカンス気分はもう終わり。新しいクラスに早く慣れて、勉強でフライハイできるように頑張ってもらいたい。

"マークシート式"になって簡単になった?バカ言っちゃいけないよ

埼玉県立高校入試が現新中学3年生の代からマークシート式に移行する。
埼玉県教育委員会の発表ではマークシート式が9割、記述が1割程度の出題となるようだ。

正直言って私は怖い。
「マークシートになったから答えを選ぶだけの簡単のお仕事じゃん♪」
という生徒が出てこないか。いや、ヨソでそんなことを言っている子がいても生暖かい目で見ていられるのだが、自分の教え子でそんなことをのたまわす子が出てきたらと考えるとまさに悪夢だ。なので私の感じている恐怖をしっかり伝えていかなくてはと思う。

学力検査問題におけるマークシート方式の導入のリーフレット(埼玉県教育委員会のHPより)

例えばリープレットの中にあったこの問題サンプル、文法的にパパッと解けず、上の英文を読んで文脈判断しなくては正解できない。こんなのが問1に配置されていたら、今まで存在できていた"解ける文法・単語問題だけを拾っていく勢"は大体終わってしまう。しっかり問題文を読ませるということは、読解力がより重要になってくる。数学にも対話文から出題される問題が載っているが、どの科目もより時間との勝負になっていくのだろう。

マークシート式のテストは答えを書かなくて良い分、考えることに時間が取られる。今までじっくり物事に取り組むことなく、マークシート式のテストに"運"を持ち込もうとする子は、ここで分かれる明暗の"暗"の道を行くことになる。そんな子を産まないためにも、今からじっくり学力をつけさせる指導を練っていかねばなるまい。

成績が大変なことになっちゃってる君へ

こんにちは、成績が大変なことになっちゃってる君。
元気かい?そう聞かれてもあまりイエスとは言い難いよね。春休みに入ったけど、勉強のことを考えるとどんよりとした曇り空のような気持ちになったりしちゃうよね。

でも大丈夫。例えば君が中学3年生だとして、中学卒業後は進学する以外の道だってある。早目に社会人になって立派に働く姿を見せるのも親孝行だと思うよ。"学歴なんて必要ない"という人もいるしね。でもね、日本人の高校進学率は99%近い。そう考えると圧倒的に少数派になる、それは怖いと思ってしまうかも知れないね。人と違う道を、"勉強が苦手"というだけで進むのは勇気がいるよね。もし今、進学せずにどうしてもやりたいことがないのならばやめといた方がいいかも知れないね。

じゃあ今の君でもできる進学を考えてみようか。ちょっとさ、chatGPTに聞いてみよう、「自分の成績でも行ける高校はありますか?」って。ほら、いくつか出たね、良かったじゃないか。…え、「嫌だ」って?なんで?どの学校も一生懸命指導してくれるいい学校だよ?ああ、「もっと知ってる所がいい」か。でもさ、君が知ってるのって近所の学校か親や先輩に聞いた学校でしょ?それは今の君では成績が足りない、chatGPTだってダンマリを決め込んでるじゃないか。代わりにハッキリ言うけど、今の君では無理なんだ。諦めてAIに決めてもらった学校に行こうよ。

「それでも嫌だ」って?…うん、いいね。いいよいいよ。その"嫌だ"って気持ちが今の君の可能性だ。その気持ち、大切にしろよな。昔働いていた塾で、ちょうどこのくらいの時期に担当講師から「今のお前はこの学校に行くことになる」って、地元の1番ランクの低い学校を挙げられた生徒がいた。それでその子は"嫌だ"ってなってめちゃくちゃ勉強して、結構いいところに受かったんだ。君にはそれと同じ才能が眠ってる。

もちろん99%が高校進学をするこの国で、"通える学校が無い"となることはほとんどない。でも"行きたい学校ができても行けない"は割とよくあることなんだ。そうならないために大事なのは、今の自分を正面から見ること。目をそらして考えないように先送りにしていると、その見たくない状況はどんどん現実になっていく。今逃げていると、最後の最後に逃げられない世界がやってくる。そんな未来を変えるには今しかない。大丈夫、本気になれば人は半年で変わる、そんな生徒をたくさん見てきた。今の成績なんて関係ない、大事なのは変わった後のイメージを持ち続けること。さあ、はじめよう。

勉強の習慣を作るには

以前減量をしていた時のこと。
食事制限や運動などいろいろ試した中で1番効果的だったのが、SNSで見かけた「なんでデブってお腹いっぱいになるまで食べないと気が済まないの?」という言葉だった。この言葉で、それまで私は食事の時は必ずお腹いっぱいになるまで食べ、"空腹を感じてはいけない"とどこかで思っていたことに気づいた。1番効果的だったのは"考え方を変えること"だった。それで空腹の状態を作るのが苦ではなくなり20キロ痩せた(現在緩やかに戻りつつあるのだけど…)。

何かを習慣付けたいと思った時、努力してその行動を続けようとしていても強靭な精神力がない限りなかなか上手くいかないと思う。そうではなく考え方を変えて「それが当たり前」という状況にすることが続けるコツなのではないかと、この時に感じた。

勉強も同じことで、強制的に勉強をさせるような仕組みに放り込んでもその強制力がなくなればすぐに効果は無くなってしまう。それよりも毎日問題集やノートを開く、鉛筆を握るのが"当たり前"になるように考え方を変える必要がある。だから「勉強しなさい」や「テストでいい点取ったら○○」と、圧をかけたり勉強が"苦行"のように扱ったご褒美を用意したりするのは、勉強が特別なものになってしまい逆効果だ。

勉強は当たり前にそこにあるもの、その感覚を持って接することで子供の心にもその感覚が生まれるはずだ。そんな思いを持って生徒の勉強をみている。勉強から逃げたくなっちゃってる子にはあまり効果は出ないが、毎年これで勉強が習慣づいて人生を大きく変える子が出てくる。

もっと先をみて

「ウチの子、実力テストはどうも苦手で…」
学校の成績が真ん中より少し上の生徒の親御さんからよく聞く言葉。

厳しい言い方をすると、実力テストの成績が振るわないのは実力が無いからだ。こういう状況の時、お子さんの勉強の様子を聞くと"定期テスト前は真面目にやっている"といった答えが返ってくる。しかしこれは勉強としては黄色信号なのである。

定期テストと実力テストの違いは範囲の広さだろう。ここ2、3ヶ月分の内容を問う定期テストに対して、中学校や高校で習った全範囲が出題される実力テスト。実力テストに弱いとは、"以前習った内容が抜けている"ということ。そしてそうなってしまっている原因が"定期テスト前だけの勉強"にある。定期テスト前だけちょこちょこっとやってテストを凌いでいると、そのテストの期間だけは覚えているが定着しない状態が続いているのだ。こうして、定期テストはそこそこ取れるけど実力が伴わない状況が生まれる。

そしてこの状況の本当にマズいのば、生徒が勉強を"テスト前だけやればいいや"と思ってしまうところにある。定期テストはまあまあ取れる。テスト1週間前くらいから本腰を入れてやれば大丈夫。と、誤った成功体験を積んでしまっているのだ。
その考えのまま受験生の冬を迎えることを想像してみてほしい。入試2ヶ月前くらい、年末が近づいてきてから勉強を"本格的に"始め、「合格点に届かない!」とジタバタ大騒ぎする生徒…。これは決して想像の話ではない。昔勤めていた塾では、こういうタイプは女の子に多かった(男の子の場合は諦めてしまう場合がほとんど)。

定期テストと実力テストの違いをもうひとつ言うと、"通知表に反映されるかどうか"がある。定期テストは通知表に関係する、だから一応は勉強する。実力テストは関係無いから勉強しない。こんな考えに染まってしまうと、上記のような付け焼き刃だけの勉強で実力のない子になってしまいがちだ。
こうならないためにも、保護者の方には定期テストの個表と通知表だけではなく、実力テストの結果も同じように注目していただきたい。

高校入学に向けて

高校受験が終わり高等部に所属した生徒たちの授業を進めている。

教科書も配布され、高校生は課題も出ている。課題はそのまま入学時に実施される課題考査にもつながるのでただこなすのではなく内容をしっかり身につけるテスト勉強と思うべし、と伝えている。高校では学力の近い生徒が集まる、また一斉にスタートを切ることになるので少しの油断があっという間に順位に反映される。はじめのテストの順位は重要なのだ。

授業では先取りも兼ねて、大学入試の英文解釈などを行なっている。中学を卒業したばかりの子でも、中学生時に一緒に勉強した英語理論があればそれほど難しいことではない。それを知ってもらい、その上でどのように英語と向き合っていくかを教えている。生徒の目を見ると、"自分でもやれるぞ"という感覚がやる気に転化されているのが伝わる。

高校での勉強は中学時代のそれとは全く異なる。中学までの勉強が越谷レイクタウン内のフロアを歩くようなものならば、高校からの勉強は大雨の中富士山を登るようなものだ。スピードも量も難易度も格段に上がる。そこをしっかりと進んでいくにはまず心構えから。高校生活の勉強面も、よいスタートを切ってほしい。

中学1年生のスタートダッシュ講座 数学編

近隣の小学校では昨日6年生の卒業式が行われた。ご卒業おめでとうございます。

これから中学生になるということで、勉強に不安を感じる保護者の方(本人はいたって楽観的な場合が多い)もいらっしゃると思う。
"中1クライシス"なんてのもあるくらい、中学生に上がって最初の定期テストで「こんなはずじゃなかった…」と、大ショックを受ける生徒や保護者の方も多い。それくらい小学校と中学校の勉強の内容は変わってくる。

だからそうならないために、保護者の方は「予習」をさせようとするが、これは一長一短あると思う。まず、小学校の内容がきちんと習得できていなくては効果はあまり見込めないし、本人にそのモチベーションがないとやはり効果薄になる。予習は結構"博打"なのだ。一方ですでに大学附属などの上位難関校を目指すとか志望校が決まっていて、その対策を中3のの夏前から始めたい場合には有効だろう。学校のテストをこなしながら基礎指導を2回し、演習時期を数ヶ月くらい取ろうとするともう始めなくては間に合わない。

そういう意味で予習よりも確実に効果を見込めるのが「復習」だ。これまでの内容、特に高学年で習った内容に苦手はないかをチェックしてそこを重点的に勉強しておくと、中学校でも同じ内容をもう一度深くやり直すのでつまづかなくて済む。図形が苦手な子は問題を解くだけでなく、図を自分でも写してイメージする練習をしてみるとか、規則性の問題が苦手なら実際におはじきを用意して並べてみるとか、方程式の文章問題が苦手ならば自分でも問題を作ってみるとか、こうした授業内ではなかなか時間が取れないことをやるチャンスがあるのは今のうちだけだ。弊塾にはブロックやら図形練習シートやら、普段なら"何に使うんだコレ?"というものがたくさんあるので、塾生のみなさんはどんどん利用してほしい。教室内をあちこち掘ればたくさん眠ってますよ。

もうひとつ、こうした苦手範囲の克服以外にも絶対にやっておいてほしいことがある。それは計算の「途中式を書く」練習だ。小学生で入塾してくる子のほとんどが、計算を暗算でしようとする。暗算の指導が小学校のカリキュラムにも組み込まれているので、ある意味それは学校指導の結果なのだが、きちんと使いこなせている子はほとんどいない。書くのが面倒くさいから暗算をして、力が育ってないから結果間違っているという悪循環になっている。中学校の数学では計算量がグッと増え、暗算では絶対にこなせなくなる。その時にきちんと途中式を書けなくては数学は詰む。逆に計算力だけでもしっかりしていれば、新しいことを習っても習得は早くなる。そのためには絶対に間違えない計算力、これを身につけておくことが中学数学のスタートダッシュに繋がる。

今のうちに途中式を書いてもめっちゃ速い人になろう、本物の暗算力と数学力はその先にある。

指導の中のソーシャルディスタンス

またちょっと体調不良で欠席の子が出てきた。そういえば"ソーシャルディスタンス"という言葉をめっきり聞かなくなった気がするが、感染症はまだ流行ってるみたいなのでお気をつけください。

昔個別指導塾の雇われ塾長だったときに、"どんな先生が生徒を伸ばしているか"を観察していた。アルバイト講師の中にも生徒の成績を上げることのできる人がいて、決して経験値だけではない何かがあると思っていた。

それでなんとなく感じていたのが、生徒との"距離感"というもの。これが近すぎると感じる講師は大体うまくいっていなかった。個別指導なのでどうしても生徒との距離は近くなりがちなのだが、そこを上手に突き放せる講師が成績を伸ばすことに成功していた。

弊塾においても、"生徒が甘える"と言う現象は起こる。それは別に構わない、大いに甘えてもらって結構だ。しかし絶対に踏み越えてはならない一線を引いている。それは、"生徒が自分でやるべきところ"だ。たとえば問題を解く、分からない問題を一度はきちんと考える、調べれば分かることは自分で調べる。そういった、自分でやらなくては意味がない部分は絶対に譲らない。生徒は甘えの延長で自分の作業も講師に背負わせようとしてくる。そこはまだ子供、無自覚なのは仕方がない。しかしそこまで講師が引き受けてしまうと、その子の成長の芽は摘まれてしまう。なあなあの関係の中で生徒の学習機会が失われていきもう伸びなくなる。

だから私は普段生徒とも無駄話などしてヘラヘラしていることもあるが(塾生保護者の方すみません)、生徒が授業内で一線を踏み越えようとしてきた時は突然スンとして突き放す。「これ以上は近づいてはいけない」を態度で示す。勉強においても"ソーシャルディスタンス"。これをきちんと守らせなくては、生徒の甘えの重篤化が進み取り返しのつかなくなることを知っている。

どうだった?

期末テストも終わり、卒業式も終わり、3月の北辰テストも終わりもう学期末だ。そろそろ通知表も出てくる。

テスト後やその結果が返却されたとき、私は生徒に「どうだった?」という質問を投げかける。結果が良くても悪くても、私の中ではその子の持ってきてくれた答案などは分析する。だから具体的なアドバイスはできるのがあえて「どうだった?」と漠然とした聞き方をする。

こうすると生徒が、「嬉しかった」や「悔しかった」など、感情を伴った返答をしてくれることが多い。「あと2点で90点だったので悔しいです」とか「前回よりも17位上がったので嬉しいけどもっと行けたと思う」とか。

自分の成績に対して"感情"を持つことはとても重要だと思う。私は高校生の時に、成績が最下位層にまで落ち込んだ。その時のことを思い出すと、全く"感情が湧かない"状態に陥っていた。テストで30点くらいしか取れなくてもどこか他人事、通知表もまるで誰かのものを見ているような感覚だった。このように自分の評価に自分の実感が伴っていないと、どこまでも転落していってしまう。そこから這い上がるのにえらく苦労した。

だから自分の教え子たちには感情を持って自分の成績を受け止めてもらいたいと思い「どうだった?」と聞く。それは結果が出てすぐに具体的なアドバイスをすることなどよりずっと効果的な学習指導になる。一緒に喜び、悔しさには共感する。やり方なんて二の次でいい、生徒が自分の努力に対して心が死なないように。

読書をしない子への読解力養成講座

読書をしない子は家庭でどうやって読解力をつけさせるか。
これはもう"対話"しかないと思っている。

とにかく会話のキャッチボールをすること。
できるだけ多く発問し、話を聞く。発問も「YES/NO」で答えられるものではなく「どうだった?」や「なんでだと思う?」といった5W1H型の質問を。これが読解力を育てることになると思う。活字を読んでインプットができない子はアウトプットをひたすら伸ばしていくことが読解力にもつながる。漢字や語彙はいわゆるお勉強で身につけさせるしかないが、文脈や段落構成の把握力は対話でもある程度育つ。口頭で作文を書かせることを意識してほしい。

塾の入塾面談で「ウチの子本を読まなくて…」とおっしゃる保護者の方は多い。だがそういう子が生徒のうちに読書を趣味にして活字から読解力を伸ばしていく可能性はもう限りなくゼロに近いと思っている。だって読書の習慣をつけさせる前にスマホを買い与えちゃったんだから。それは洗濯機があるのに洗濯板で服を洗えって言ってるようなものだ。先にスマホで遊んでしまった子にとって読書はすでに娯楽ではなく、脳に負担のかかる作業になっている。

だからお子さんが読書の習慣を持っていない保護者の方は今日からでも会話の中に「なんで?」「どうやって?」を放り込みまくってほしい。

明日は北辰テスト

本日はホワイトデーだ。最近では男性から女性へのお返しとか関係なしにプレゼントをしたりするそう。私、甘いもの好きですよ?

明日は中1・中2の北辰テストだ。良い経験を積んできてほしい。
3学期の期末テストが終わってから、受験する子には対策を行なってきた。今回からはマークシート式も導入されたり問題構成も変わったりするので注意喚起してきたが、生徒たちはお友達ネットで情報を仕入れているようで比較的冷静な反応だった。

本日も自習にきて頑張っている子がいる。まだフワフワとしている生徒が多い中、しっかり地に足のついた勉強ができているようで頼もしい。2年生は、この北辰テストが受験勉強のスタートになる。こうして他の子よりも先に積み上げていけば受験で有利になる。

昔は"ガリ勉"なんて言葉があり、勉強を頑張っている子はからかわれる意味不明の風潮があった。だからそういう子達は隠れてコソコソ勉強していた。学校では勉強を頑張っていることを隠し、テスト前も"全然やってなーい"と明け透けにいう友達に曖昧な笑みで同調していた。だから友達と勉強の話なんてできなかった。

今は勉強も努力のひとつの形として認められるようになってきたと感じる。そういう意味ではいい時代になった、と思う。勉強ができるヤツはカッコいい。だからもし周りに、自分の努力不足を友達の足を引っ張ることで誤魔化そうとする人がいてもそんなものに同調する必要なんてない。自分の目標に向かって突き進め。そんなダメダメなヤツでも友達ならば、自分の背中を見せて引っ張ってやればいい。

リアクションは大切

生徒に説明をしていて、生徒がハッとした表情になる時がある。説明の内容がストンと腑に落ちた時だ。まるで霧でモヤモヤとしていた視界が急に晴れたような表情をする。そして"先生スゲー!"と言いたげに目を合わせてくる。よしよし愛いやつじゃ、もっと敬ってくれてもいいんじゃぞ。

「3日前の夕食に食べたもの」よりも「今までで1番美味しかったもの」の方が簡単に思い出せるのは、感情を伴った物事は記憶に残りやすいからだ。毎日食事の支度をされているお母さんとしては"おとといのご飯にも感動しなさいよ!"と言いたいところだけれど、人間の脳はそんな構造になってしまっている。だから勉強も感動しながら行った方が効果が高く、そのために授業や説明の仕方を工夫するのが塾講師の努力すべき部分なのだろう。

また、リアクションの良い子の方が成績が伸びる。こららの「〜だよね」という投げかけにうなづいたり返事をしたりする子の方が成長が早い。だから講義中にたくさん質問を投げかけ、生徒がスマホの画面を見ているような状態にならないように気をつけている。授業は生徒が主役、だから授業中に色々なリアクションや表情を見せてほしい。そしてあわよくば私のギャグがつまらなくても微笑みだけでも返してほしい。

生徒のコミュニケーション力

コミュニケーション能力、通称コミュ力。これを生徒にも求めたい。

とはいえ、いわゆる"陽キャ"になってパリピだフォー!となってほしいわけではない(それも面白そうだけど)。
生徒に求めるコミュ力は、"自分の状況を伝える能力"だ。何も難しいことはない、わからないものはわからないと言うだけの話。

今でも「ウチの子自分から質問ができないんです」とよく言われる。もしかしたらそのあとには"だから察して困っていることを汲み取ってあげてください"という言葉が続くのかも知れない。だがそれをやっていてはいつまでも学力の伸びは限定的になる。なぜなら学力は自ら取りに行くものだからだ。子供が質問できないのは、質問しなくてもいい環境で育ってしまったからだ。このままだと、誰かに施してもらわないと何もできない指示待ち人間になってしまう。

そういう意味で弊塾では生徒に"教えない"。もちろん何もしないと言うわけではなく講義はするし質問にも答える、しかしこちらから先回りして生徒の歩く道にある小石を拾うようなことはしない。

そうではなく、質問を吸い上げる仕組みを用意した上で生徒がつまづくのを"待つ"。そうすることでつまづいて困った子が質問に来て、そこで解決するという成功体験を積むことができる。そうしていくうちに自分から質問ができる子になっていく。

はじめは線の細い印象だった子もこの流れに乗ってどんどん輪郭が濃くなっていくのを現場で見ている。

学力の安定に必要なもの

三寒四温の気候が続いている。今日は暖房をつけているが教室が一向に温まらない。寒い。インフルの時期は抜けつつあるが、季節の変わり目なので体調管理には引き続き気をつけてほしい。

期末テストも返却されたところだが、テストの点数がなかなか安定しない学力の三寒四温の生徒は何をするべきか。もちろんその子の状況や科目によってもやることは様々あるが、まずは基礎の確認をすべきだ。数学ならば計算がきちんとできているか、英語ならば単語を覚えているか。こういった部分に穴が空いている生徒は成績が上下しやすい。どのテストでも必ず出題されるのは基礎問題で、計算や単語などができていないとそれ以外の問題でも点数を落としやすくなる。

そして問題なのが、テストの点数や成績の上下しやすい子は受験で非常に弱くなるということだ。高校受験で志望校を決める際、北辰テストの偏差値などを参考にすると思うが下振れが怖くなる。だから平均偏差値よりも志望校を下げたりすることにもなりかねない。1・2年生で今から受験に向けた勉強をするのなら、まずは基礎をガッチリ固めていくことをおすすめする。これが受験に向けた太平洋高気圧になるはずだ。

北辰テストに向けて

中学校の期末テストが終わった。
答案を持ってきてくれた子たちの成績を見る限りではきちんと点数は伸びていて一安心。

期末が終わったら次は3月15日に1・2年生の北辰テストがある。申し込んだ生徒はそこに向かって勉強を始めている。

今回から北辰テストに"マークシート式"が導入される。埼玉県立高校入試の変更に追随する形だ。なので正直どのようなものになるかは分からないのだが、気持ちだけでも準備しておく必要があるだろうということで、初めて北辰を受ける子には入試について話をしたりもしている。マークシートの練習も必要かな、と思ってきいてみたら、意外とみんなマークシートの試験は経験ありということでなるほど英検か、となった。

外部模試は実践力を鍛えるのに効果的。ここで自分の実力を知り、新学年に向けて良い準備をしていってもらいたい。

合格発表

今日は埼玉県立高校入試の合格発表だった。
弊塾から臨んだ生徒たちは無事第一志望校合格となった、おめでとう。

毎年のことながら、今年もまた"当日点勝負"な受験となった。内申点でいうともう1ランク下の学校を志望校にするのが妥当な中よく試験を頑張ってきてくれた。今年度の受験生も夏休み以降よく伸びた。自習にも積極的に来てくれ質問も多かった。それが結実したのだろう。
「合格まで緊張した?」と聞いても「あまり…」と返すような子たちなので、ちゃんと状況わかってんのかねーという脱力感もちょっとはあるのだけど、これも彼らの実力なのだろう。反対に言えば、大学進学を目指す子にとって高校受験は"通過点"だ。本人たちは"そんなに大騒ぎすることじゃない"と泰然自若としていたのかもしれない。
どちらにせよ、高校に進学したら自分よりも成績の良い子たちが集まっていることになる。初めから兜の緒を締めて臨んでもらいたい。

受験の合格発表に際して思い出すのは過去の教え子たちの顔。受かった子、残念ながら落ちてしまった子どちらも思い出す。みんな元気でやっているだろうか。彼らにとっては通過点かも知れないが、私にとってはどうやらここがセーブポイントのようだ。今年も受かったからよかったよかったじゃなくて、しっかり噛み締めて次に向かっていきたい。

お休みのお知らせ

私用のため以下の日程でお休みをいただきます。

3月9日(月)

この日は自習室も使えませんのでご注意ください。
ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。

春休みは何をする?

まだこれからの学校もあるが、期末テストが終わり結果が返却され始めているところもある。
結果を持ってきてくれている生徒は過去最高の点数を見せて満面の笑みだったりして、まずまずといったところ。

期末テストが終わってからの表情を見るに、勉強への意欲は上向きの子が多い気がする。中学生は夏休み前に勉強のモチベーションが変化する場合が多いと感じるが、春休み前も結構変化があったりする。今はクラスの雰囲気などでも生徒の成績が上下するケースも多いと感じるので、クラス替えをする前の今のうちにブレない学習習慣をつけていってほしい。自習に来るようになったりしてくれるとこちらも嬉しい。

新中学3年生はいよいよ受験学年だ。
3月15日に北辰テストがあるので、それに向けてまずは勉強を頑張ってもらいたい。受験校なんて決めるのはまだまだ先だと思っているかも知れないが、情報を仕入れるのは早い方がいい。

例えば、近隣の高校でいうと越ヶ谷高校の近年の大学合格実績はこんな感じだ。

主な現役合格実績

区分 大学名 R6 R5 R4 総計
国立   19  31 35 86
  茨城 2 2 1 5
  宇都宮 0 2 0 2
  愛媛 0 0 1 1
  大分 0 0 1 1
  帯広畜産 0 0 1 1
  金沢 0 0 1 1
  群馬 3 1 2 6
  埼玉 4 11 10 25
  滋賀 1 0 0 1
  静岡 0 1 0 1
  信州 0 2 2 4
  千葉 1 4 6 11
  筑波 3 1 2 6
  東京医科歯科 0 0 1 1
  東京外国語 0 0 0 0
  東京学芸 0 1 3 4
  東京工業 1 0 1 2
  東京農工 1 1 1 3
  東北 0 1 0 1
  長岡技術科学 0 1 0 1
  長崎 0 1 0 1
  新潟 1 1 0 2
  福島 1 0 0 1
  山形 1 0 1 2
  横浜国立 0 1 0 1
  琉球 0 0 1 1
公立   15  19 13 47
  会津 1 1 1 3
  公立はこだて未来 0 0 1 1
  埼玉県立 11 16 8 35
  高崎経済 0 0 1 1
  都留文科 0 0 1 1
  東京都立 2 2 1 5
  横浜市立 1 0 0 1
早慶上理   29  23 44 96
  早稲田 12  7 20 39
  慶應義塾 0 1 9
  上智 2 9 12
  東京理科 14 14 36
GMARCH   207 174 220 601
  明治 44  35 44 123
  青山学院 16  6 24 46
  立教 35  40 28 103
  中央 10  15 26 51
  法政 72  62 78 212
  学習院 30  16 20 66
日東駒専   562 565 616 1743
  日本 75  78 83 236
  東洋 166  149 151 466
  駒澤 29  36 27 92
  専修 20  12 28 60
  獨協 81  65 79 225
  文教 33  45 43 121
  成城 10  33 21 64
  成蹊 10 6 24
  武蔵 15  15 14 44
  明治学院 17 9 33
  國學院 25  16 30 71
  芝浦工業 28  30 49 107
  東京電機 35  33 32 100
  日本女子 8 21 38
  東京女子 6 5 19
  東京家政 13  12 18 43

医歯薬
看護

  71  37 37 145
  自治医科 2 0 2
  順天堂 14  8 6 28
  国際医療福祉 2 0 2
  杏林 10  5 4 19
  東京医科

0 1 3
  獨協医科 0 1 1
  埼玉医科 0 1 1
  北里

2 3 8
  帝京 29  5 9 43
  星薬科 1 0 2
  明治薬科 3 3 9
  東京薬科 1 0 1
  武蔵野 4 0 11
  日本赤十字看護 4 8 16
  東京慈恵会医科 0 1 1

※越ヶ谷高校のホームページ(https://koshigaya-h.spec.ed.jp/14141d9fec677e62fd122aefef4377a1/page_20220705062405)より

越高は学校選択問題採択校であり、中学生の間でも"そこそこ頭のいい学校"とされている高校だろう。現時点でなんとなくでも大学進学を考えているのなら、高校の合格実績はチェックしておくことをオススメする。越高に入って成績上位30番以内くらいをキープできれば国公立大学への道が開ける。

桃の節句

今日はひな祭り。

ひな祭りは女児の幸せを願う行事だそうで、それとは全く関係のない話をする。
先日塾生と話をしていた時、学校内の交友関係の話になった。その子曰く「フレネミーがいる」とのこと。それは何?と聞いたら、"表では仲良さそうにしてるけどSNSとかで悪口を言ってる人"のことだろうだ。なるほど、フレンドとエネミーで"フレネミー"ね。多分ネットスラングだろうけど不勉強で知らなかった。

フレンドの対義語がもうエネミーになってしまうなんて、すごくこわい言葉だなと感じた。今の若い人の使う言葉はどんどん精鋭化して簡単に人の心に突き刺さりそう。この言葉でキャッチボールをしていたら絶対に怪我人でるよなと思った。

そしてSNSがあるせいで学校生活の裏側がすぐに見えるのも残酷だなと感じる。こんなもの見なくていいものなのに。SNSでまで学校生活の"場外乱闘"をしているなんて、ネットで世界は広がったどころか余計に狭まっているんじゃないかしら。教室が物理的に狭いからいじめが発生するのだろうけれど、SNSがそれに拍車をかけている気がしてならない。そんなことをして登り詰めた雛壇には一体誰が待っているというのかしら。

日本にはひな祭りなんてものもあることだし、自分の教え子の幸せくらいは願いたいよね。

高校入学後の生活

まだ埼玉県立高校入試の合格発表は出ていないが、これから高校に進学する生徒の保護者様からのお問い合わせがいくつかあった。「まだ入学してみないとわからない」とせずに今から動いてらっしゃるのはすごいなと感じる。

高校生になるにあたり色々と不安なこともあるかも知れないが、1番の心配はやはり勉強面だろう。特に大学進学を目指す生徒の場合は大学受験がある。"入学させるため"の高校入試とは異なり、大学入試は"篩にかける"受験となる。上位校になると一般入試の倍率3倍4倍は当たり前の世界だ。しかも受験者のほとんどが県内の公立中学生の高校入試とは異なり、私立の中高一貫校の生徒や全国の優秀な受験生が関東の大学入試には集まる。

だから大学進学をお考えの保護者の方はそれを避けるために高校の"指定校入試"を利用しようとされるのだが、こちらはこちらで学内の熾烈な争いが待っている。通っている高校によっても異なるが、自校にある指定校の推薦枠を取るには学内の成績がかなり良くなくてはならない。私の肌感覚なのだが、各学校で定期テストの成績を最低でも上位20%以内の位置をキープしておいた方がいい。今動いてらっしゃる保護者の方々は、その為に高校1年生になる"前"から準備していく必要があるのをご存知なのだ。

弊塾としては、高校生に毎日の良質な勉強環境を提供し、ともに目標に向かって3年間を伴走できる場でありたい。

期末テスト

本日でもう終わりのところもありけれど、近隣の中学校で期末テストが行われている。

塾の前をテストが終わり帰宅する中学生の集団が通り過ぎる。
パッと見るだけでその集団が1年生なのか2年生なのか大体見分けがつく。3年生ともなると尚更。"中学生は1年で大きく変わる"ということなのだろう。

3学期の期末テストは、その1年間を過ごしてきた最後の定期テストだ。なので1学期や2学期のテストとは一味違う。今まで勉強してきた内容をもとに力が試されるので、学習の積み残しがあると途端に順位が下がったりする。定期テストのレベルも成長しているのだ。

だから指導の中で心がけているのは、生徒の"学習への取り組み方"を成長させていくこと。テスト前の学習への姿勢、取り組み方、心構えや目標設定など、どんどん成長させて自学力を伸ばしたい。ただ新出分野の知識を伝達するだけでなく、生徒の成長ステージに合わせてそのサポートになるような指導を目指したい。

今日ある子に"勉強順調?"と聞いたら即答で「過去イチでやってます」と返ってきた。毎回これを言える子になってほしいよね、その為に私はいるのだと思う。

埼玉県立高校入試・3月期末テスト

埼玉県立高校入試の学力試験日だった。
明日まで試験の続く生徒もいるが、私のやれることは全て終わったというところで少し脱力している。ふぅやれやれだぜ。

とはいえ、同時に近隣の中学校では期末テストも始まった。塾としてはまだまだ休むこともできない。
1・2年生は見ていてもまだ危なっかしい。3年生とは違い、勉強に"方向性"を持たせることがまだできておらず、ただ漫然とワークを終わらせることを勉強だと思ってしまっている子もいる。テスト勉強をする目的はテストで点を取るためだ。そのために必要なことを意識して行わないと成績は上がらない。

普段の指導では生徒ひとりひとりに"どこが足りていないか"ということを指摘している。だが「○○をやりなさい」という指示を出してしまうと考える力を奪ってしまう。その作業に意味を見出せるように、生徒がギリギリ"自分で思い至った"となる匙加減を目指し指導したい。「これをやればテストに出るよ」なんて学校のテストの過去問を生徒に渡すのは目指すところではない。生徒と共に乗り越えようとしないのでは塾講師として存在する価値はない。

埼玉県立高校入試前日

明日は埼玉県立高校入試だ。

前日である今日、受験生たちの授業はない。自習には来ると言っていたが、やることと言っても軽く復習するくらいだろう。明日はここまで積み上げた努力をぶつけるだけ。トラブルだけは何もないことを願っている。

ジジ臭い話だけど、受験前日「親には"明日頑張ってくるね"と伝えておきなさい」とよく言ってきた。

勉強の最終到達点は他者への理解や思い遣りを持つことだと思っている。もちろんもっと身近な話で言えば、自分が社会で生きていくための知恵や資格を身につけるためなのだろうが、一方で勉強をしていくと自分1人では生きていけないことも学ぶことになる。そうすると誰かが自分を支えてくれていると感じられるようになる。

この1年間飢えず、凍えず安心して受験勉強をできたのは誰のおかげなのか、烏滸がましいけれどその感謝を伝える機会になるといいなと思う。そして自分にとって最も大きな支持者の応援を受けて会場に向かってほしい。それはきっと強力なお守りとなる。

自学の芽吹き

ある生徒が、理科の用語をノートにまとめ出した。理科の基礎知識が抜けていることが発覚してのことだった。

私ならテストが近くなった時期にこのやり方は勧めないと思う。きっと自分で考えて実行してみたことなのだろう。

この子の"自学"が今始まった。自ら考え、今までの学習習慣に新たな項目を追加する。それが自分の弱点と向き合って下した判断ならば、余計な口出しは無粋だ。たとえそれが効率の悪いやり方だったとしても。

自分で1歩踏み出したことは、目の前の問題を1つ解けるようにする以上に価値のあることだと思う。"こなす"のではなく"試す"。自学の種が芽吹いたこの子の今後に期待する。

テスト前の勉強時間は

土曜日にテスト前の補講を行った。
今回は体調不良による授業の欠席が多く、その助けになればと思い保護者の方にもチラシを作成して参加の呼びかけを行った。
初めは集まりが悪いと感じて心配もしたが、結果的にはほぼ全ての生徒が参加した。

定期テストで今の成績を上げるにはどのくらい勉強すれば良いか。私は「60時間」と見積もっている。
もちろん生徒の現在の成績や学習状況にもよるが、非常に暴力的にざっくりと決めつけるとこれになる。トップ層の子が平常的に勉強しているであろう時間できれば、少なくとも今の成績よりは良くなるはずだ。テスト2週間前からならば平日は4時間、土日に5時間で達成できる。ただ毎日継続するのは難しいので3週間くらい前から行うのが望ましい。5教科でいうと1科目12時間。いうほど余裕のある時間ではないが、現実的にはこんなところだろう。

今回補講に来た子たちの教室滞在時間を見ていて、まだまだだなぁと正直感じた。子供達には、行動に目的が伴っている人でいてほしいと思う。10年以上生きてきた習慣を変えるのは大変だろうが、本気で成績を上げるためにも少しずつでも取り組んでいってもらいたい。

テスト前補講

今日は補講ということで、13時から教室を開けている。

色々と準備しチラシも作って渡してあるのだが、生徒の集まりがあまりよくなくて残念だ。やっぱり無料イベントにしたのが良くなかったのかなぁなど反省点はあるが、来てくれた子たちは頑張っている。その子達と良いテスト対策を行なって成果につなげたい。頑張るぞー。

お隣さんは何する人ぞ

弊塾は自習スペースと授業スペースがつながっている。いわゆるパーテーションで完全に仕切られている形ではない。これは昔勤めていた塾での経験から、"パーテーションはない方が良い"という考えに至ったからだ。隣の先輩がどんな勉強をしているのかを見る経験なんてなかなかできない。それがプラスの影響を及ぼすのを何度も感じてきた。確かに「仕切られていないと集中できない」と言われたこともあったが、学校の授業も入試もパーテーションで仕切られた空間で受けさせてはもらえないのだ。勉強のスタイルはそれぞれだと思うが、私は生徒たちに実戦的な力をつけてもらいたいのでこの形にしている。

"隣の人が何をしているか"を知る体験は、自習室の中だけではない。私が授業をしているのも自習室から丸見えなのだが、ホワイトボードを使って講義をしているのを自習の子が顔を上げて見ている場合もある。ある意味無料サービスだ。その内容については自分の番になったらきちんとまた教えていくので、「高校生ってこんなこと習うのか!」や、「受験生って真剣なんだな」ということを感じ取ってもらえると嬉しい。

でもあんまりにも自習の手が止まっている場合は、私の方から目を合わせてウインク攻撃を喰らわせる。どうだ薄気味悪いだろう。自習室から教室の様子が見えるということは、教室からも自習室の子の勉強の様子が見えているのだよ。

本気を見せてくれ

3学期の期末テストまで残り10日となった中学校も出てきた。テスト勉強は進んでいるだろうか。

今回はハッキリ言ってピンチだ。体調不良で欠席をした生徒が多すぎる。そのため今週末は塾生に向けた補講を設けたが、体調が戻った子は精一杯運命を変えるために足掻いてほしい。

休んでいた分のノートは友達に写させてもらって、ワークだけでもしっかりやり込んでおくこと。"時間がないから諦めた"なんてことのないように。休んでいた部分の質問は自習に来てくれればいくらでも受け付ける。私は逆境でもなんとかしようとしている生徒が好きだ。ヤバいと思うのならまずは行動を変えること。それができるならばまだなんとかなる。

北辰テスト申し込みにつきまして

中1・中2生対象の北辰テストの申し込み期限が今週末までとなります。またお申し込みをされていない場合は期限までに教室まで申込書をお持ちください。

【対象学年】中1/中2
【実施日】3月15日(日)
【受験料】4,950円
【申込期限】2月21日(土)
※お申し込みには事前の「web登録」が必要になります。詳しくはお渡ししたお手紙をご参照ください。
※お申し込みはメールでも承っております。

定期テストの勉強法

私の思う、テスト勉強の仕方を書く。

「期末テストの勉強」と聞いて何をどの順番でやるか考えてみてほしい。
そうしたらその考えた勉強内容を全てひっくり返し、逆に進めてほしい。これが私の思うテスト勉強の上手なやり方だ。

多分多くの生徒は「まず教科書を読む」と答えたと思う。そして用語や英単語などを覚えて、範囲のワークを"解いていく"。そしてそれが終わったらワークの反復をする…。

このやり方で最後までちゃんとやり切ってる子を見たことがない。こんなのまず終わらないのだ。前日にワークをどうにか埋めてテストへGOのパターン。中には1周目も満足にできず最後の方は答えを写していたり…最悪。これでは下手なやり方だと言わざるを得ない。全部ひっくっり返して、まずはワークの反復から行うべきだ。ワークを繰り返し行うには回答欄が埋まっているほうがやり易い、だから勉強の1番初めは解答を見ながらワークに答えを書き込む。ちゃんと解くのなんてあとあと。その作業中にすでにできる問題は除外していく。そして繰り返してできるようになっていったものはどんどん反復から外していく。答えを確認しながら埋めることで"一度見たことのある問題"になったものは反復し易い。1周目から教科書を見ながら埋めるよりもよっぽど楽しいはずだ。ワークが全て身についたら暗記ものに入る。ワークができていれば改めて暗記すべきこともほとんどなくなっている。そして仕上げは教科書の読み込みで"最後の10点"を取りに行く。きっと結果は全く違うものになるはずだ。

勉強を教科書から始めようとする子は、「勉強をすること」自体が目的になってしまっている。きちんと手順を踏んでやっているということで安心したいだけだ。だから上記のやり方だと、ワークが1周埋まるだけで気持ちの上で"完成"してしまいその後が続かない。テスト勉強をスタートする段階で勉強の手順を1から踏もうとするのでは遅すぎる。授業を受けている時にそれは終わらせていないと、テスト2週間前なんてそんな時間はもう残されていないのだ。テスト勉強の目的は「良い成績を取ること」にあるはず。最終的なゴールを"テストを受け切る"というところに置き、テスト勉強期間はそのための"練習"に充てるのが上手なやり方だと思う。

補講日のお知らせ

以下の日程で、補講を行います。

2月21日(土)13:00〜20:00

上記の時間でテスト対策を行います。テストが近い塾生の皆さんはぜひご参加ください!

学力アップの方法!?

昔、講師として勤めていた個別指導塾でのこと。
ある日私が教室に行くと、塾長からこんな話をされた。

「私が担当していた生徒が学校で喧嘩して頭を強く打った」

だからちょっと物忘れがあるかも知れないけど普通に指導してくれ、と。実際にその生徒の指導をしてみると、確かに以前よりも勉強ができなくなっていた。教えたことを習得するのが以前よりも遅くなり、また前に身についていたこともかなり抜けていた。その子は普通に進学していったが、頭を打った後遺症のようなものが明らかに出ており怪我の恐ろしさを感じた一件だった。

話は変わるが、知り合いでとても優秀な人がいる。その人に学習の秘訣を聞いたら、「幼少期に頭を強く打ったのがきっかけだった」と言われたことがある。その人は子供の頃に2階の階段から落ちて頭を打ち病院に運ばれたことがあった。「その日をきっかけに急に学力が目覚めた」と。

こんな"壊れたテレビは叩け"みたいな話、眉唾ものだけどどちらも本当に自分の経験談。学力って急に変わることもあるみたいだ。だからと言って、怪我の治りが遅くなってしまった今の体で階段から落ちてみよう、とは思わないけれど。

これをご覧の保護者様も、"我が子をちょっと突き落としてみようかしら"となる前に、健康的に学力を伸ばす方法は弊塾までお問い合わせください。

雪の影響は

土日に降った雪は、もうほとんど残っていなかった。実は昨日教室の前の雪かきに来たのだが、これだったらする必要もなかったのかな…なんて。でも関東民にとって雪かきなんて滅多にできる経験ではないので、数年前に買って資材置き場の肥やしになっていた雪かきスコップを振るってみた。

雪が降ると「受験本番だなぁ」という気持ちになる。すでに受験は始まっているが、自分が雪の降る中受験会場まで試験を受けに行ったものだからその印象が強いのかもしれない。天候の影響で走っている自動車も少なく、雪の吸音効果でやけに静かな朝だった…というのは今勝手に捏造したイメージかもしれない。そのときはそんなことを感じられる余裕もなかったはずだ。しかし寒い外から受験会場に入ったとき、暖房の効いた室温で悴んだ手がじんわりと感覚を取り戻していったのは覚えている。

受験直前の2大トラブルといえば"体調不良"と"雪"だと思うが、もし入試当日に雪が降ったら、"替えの靴下"と"濡れたものを入れるビニール袋"は持っていった方がいい。靴下が濡れてしまうと集中力に影響する。あと2週間ほどで公立高校入試だが、自宅から会場までの当日のイメージトレーニングはやっておこう。

受験校のランクを下げる

高校入試でランクを下げて受験する生徒はいる。

「このままいくと合格は難しい」から受験校のランクを下げる…という話ではなく、"あえて"実力よりも1つ2つ低いランクの学校を受けて進学していくという意味のほうだ。弊塾で手に入れた受験資料を見ていても、受験の得点開示が明らかにオーバースペックな生徒は各学校に毎年いる。多分全体の5%くらいはそういう生徒たちなんじゃないだろうか。私立高校ならば特待生となるような状況。

校風や立地、部活動などで"どうしてもそこにいきたい"という場合や、その後の進路を踏まえての場合など、理由は様々だろう。実は弊塾にもそういう子がたくさんいる。学校案内などに載っている高校の偏差値よりも7、8ポイント高い偏差値を叩き出しておきながら"あえて"そこに行く生徒たち。「どうしても入りたい部活動がある」という子もいれば、「近くて通学に時間を取られないから」という子もいた。しかし弊塾で最も多い理由は「途中から偏差値が追い越していった」というものだ。

入塾してきたときには少し足りてないが、夏期講習・冬期講習と毎日の自習を経て偏差値が学校の合格基準を超えていった。そういう生徒は通知表がその学校の合格基準に少し届いていない場合が多いので、大体そのまま志望校変更もせず進学する。毎年「もうちょっと早くウチに来てくれれば…」とも思うが、受験生になってからの転塾という大きな決断をしてくれたことには感謝しているし、志望校に進めているのは素直に嬉しい。

しかし、ランクを下げて入学したからといって高校での勉強がイージーになるかというとそれはまた別の話。その後もずっと継続して勉強を続けた子だけがランクを下げた恩恵を受ける。

自分で決めたほうが気持ちよく勉強できる

生徒に裁量権を多く渡すようにしている。ちょっと驚かれるかもしれないが、授業で生徒に「何やりたい?」と聞いてそれを採用することも多い。

これは弊塾が「自学力」を育てることを目標にしているからだ。
自分で課題を見つけてそれを乗り越えていく力、これが私の考える自学力だ。自分で自分を成長させられるようになってもらいたい。それを育てるためには、自立心が必要だと考えている。自ら考え行動する、自分で自分をプロデュースしていく能力。だから授業でのやることや進め方もデザインしてもらう。裏で手綱はしっかり握っていて、そのせいで学校のテストに間に合わないとならないように誘導したり、生徒の提案が効果的でない場合は修正案をこちらから提示したりもする。

もちろん初めから全ての生徒がそうなるわけではない。入塾したての頃は自分で勉強内容を決めたりできる子はまずいない。だから最初はいわゆるカリキュラムを私が決めて進めていき、生徒の状況を見て少しずつ裁量権を渡していく。よく保護者の方から「うちの子勉強の仕方が分からないんです」というご相談を受けるが、それはきっと「問題集を3周は解きましょう」とか、「漢字は書いて覚えましょう」とかそういうのが分からないわけではないのだと思う。そうではなく、自分で勉強していくことができていないのだ。だからこのようなやり方で少しずつ生徒が自走できるようにしていくことが必要で、これが「勉強のやり方を教える」ということなんじゃないかと思っている。

初めは私に言われるままに行動していた小中学生も、高校受験をする頃には自分の希望を伝えられるようになっていき、高校生になっても付き合いが続くと、「ここが分からないからこんな風に授業をやってください」と具体的に言えるようになったりする。私はそれを「注文が細けぇなぁ」と言いながらも心ではニマニマしている。この注文は生徒が受け身のままでは絶対にできないことだから。

まずは教科書を音読しよう

中1・2年生の期末テストも少しずつ近づいてきているので、タイミングを見て定期テスト対策に入る生徒も出てきている。

弊塾では英語や国語など、定期テストが近づいたら学校の内容の復習を行なうのだが、英語の教科書の内容が身についていないなと感じることがよくある。教科書本文の読み訳、短熟語や会話表現などはテスト勉強で真っ先に身につけるべきものだと思うのだが。「学校の授業でやってるでしょ?」と聞くと「サラッと…」と返してくる生徒が多いが、そのサラッとをどれだけ煮詰めてドロっとさせられるかが学力の練り上げなのだ。

英語に力がある生徒たちはみんな教科書の本文はスラスラ読んで訳せていた。トップクラスの子になると本文を全て暗唱までできる。それくらいは繰り返し読まなくては、本当の英語力なんて身につかない。まずは音読と本文訳を20回。それくらいは繰り返しやっておいてもらいたいものだ。マジで勉強量が足りてないぜ。

節分

今日は節分だ。"鬼は外、福は内"と豆を巻く行事、子供の頃私もやった。昨今はTikTokなどで鬼に扮したお父さんに大泣きする子供のほっこり動画などもよく見かけるが、実際のところは「掃除が大変だから家の中で豆なんて撒かないで!」なんてオn…お母さんに叱られてるお父さんも多かったりするかも知れない。

さて、日本で鬼といえば「なまはげ」が1番有名なんじゃないだろうか。時期も違うし、なまはげは神の使いなので鬼でもないのだけれど。
以前ふと「なまはげって鬼なのになんであんなにユーモラスに描かれるのだろう」と思い秋田の男鹿半島を訪ねた。赤神神社となまはげ館あたりを回り、そこにあった資料に、"漢の武帝が遣わした5匹の蝙蝠が鬼となって山に棲みつき、それが村に降りてきて悪さをするのを村人が撃退した"とあった。資料の信憑性はさておき、漢の武帝時代から日本の地方にも悪さをする余所者を"鬼"と呼ぶ風習があったことに驚きつつ、"やっぱり最初は怖いものだったのか…"と妙に納得した。なまはげ伝説発祥の地である赤神神社は、鬼が積んだとされる999段の石段の上にある。その日は山全体に濃い霧がかかっており、"この山には鬼が棲んでいる"と言われれれば信じてしまいそうな迫力があった。

恵方巻きを食べる習慣が全国区になってやっと節分も「美味しいものが食べられる」イベントになった。豆だけでケーキやフライドチキンを食べるイベントに勝負を挑むのはさすがに無謀すぎる。これを書きながら、今日は帰りにコンビニで売れ残りの恵方巻きをゲットするぞと心に誓う。

災をもたらす鬼を追い出し幸せを迎え入れたいと誰もが願うもの、弊塾でも成績のあがりそうな良い子をどんどん迎え入れたいものだ。だからと言って成績の上がらない子に豆をぶつけて追い出すつもりはないのだけれど。

受験を通じて得られたもの

2月に入った。

この時期になると、1年なんてあっという間だなと毎年思う。公立高校入試が今月なので、受験生の指導は2月で終わる。学力的な成長は数値に見えるが、人間的にも成長できた1年だっただろうか。保護者の方と面談をしていて「何も言わないのに勉強するようになりました」なんて言われると生徒の成長を感じられて嬉しいが、"物事への向き合い方"で人の成長は推し量れるのかも知れない。

1月末、私立単願推薦の生徒は結果が出てひと足先に受験を終える。大概の生徒はそこで勉強をストップしてしまうが、そこで切れてしまわずにそれからも毎日自習に来て卒業まで勉強をしっかり続けた子がいた。私立高校入試が終わった後に中学校では3学期の期末テストがあるが、その子はそこで過去最高、上位10%以内の順位を出した。入塾した当初は真ん中よりも下だったので強く印象に残っている。
一方で、推薦が取れたあとすぐに「僕推薦取れたんんで塾辞めていいですか」と言ってきた生徒もいた。最後まで相手に委ねるような物言いだったことにひどく落胆した記憶がある。

受験なんて人生からみたらほんの1ページに過ぎない。しかしほとんどの人が経験するものなのでせっかくならば意義のあるものにしてもらいたい。塾講師がこんなことを言うのもどうかと思うが、正直どこの高校に行っても自分の人生が決まってしまうことなんてない。しかし受験を通じて"自分の人生をネジ曲げていける力"は身につけられると思っている。それを生かすも殺すも自分次第だ。

親の関わり方

他塾さんの入塾面談で出す資料を見せていただいた。保護者の方に受けてもらったアンケートを"子供への関わり方"としてマトリクス図で示すものだった。

子供の学習への"関心"の有無の度合いと"関わる頻度"が指標になっていたかと思う。集めたデータの平均値からどのくらい離れているかを示すものと思われるが、そんなん他の親の平均と比べて何になるんじゃいとは思う。
昔勤めていた塾でも似たようなものがあった。生徒にアンケートを答えてもらって"性格診断"をするというもの。「お子さんはこういう性格タイプだからこういう指導をしていきましょう」なんて、実際に指導にあたる講師はそっちのけの教室長の初対面用話題ネタ作りと、「AIみたいなビッグデータがすごくてどんなイシューもASAPでソリューションね!」という分析力をなんとなく誇示する目的があった。確かにこれは星ひとみ先生のホームページのような頼もしさだった。

しかし一方でこのツールの登場は、「子供の学力は結局"親の関わり方"が大切だ」というメッセージだとも取れる。
過去に多くのご家庭と関わってみて、(完全に私の主観だが)勉強がうまくいっていない子供のご家庭で親御さんが"過干渉"な場合も"無関心"な場合もあった。成績の良い子の親御さんは「うちは何もしてないんです」とおっしゃる。しかし実際に関わっていくと必要な時を見逃さず、その時だけ親御さんが手を差し伸べるている場合が多かった。そういう意味では、"成績を上げる親子の関わり方"というものはあるのかも知れないなと思う。教育も子育ての一環なのだから。

こういうことを考えると、いつもネイティブアメリカンのこの言葉を思い出す。

乳児は何があっても肌を離すな。幼児は肌を離せ、手を離すな。
少年は手を離せ、目を離すな。青年は目を離せ、心を離すな。

進化したAI技術がはじき出したものは、すでに何百年も前に悩み抜いた親がたどり着いたものだったのかも知れない。

風邪が流行っている

インフルが流行っているようだ。学校の学級閉鎖の話も聞くし、塾でも毎日誰かしらが授業を欠席する。授業が進められないのはもどかしいが、健康あっての学力なので体調を崩してしまった子はゆっくり休んでしっかり治してほしい。

こんな状況になると、コロナ禍での学びを今こそ活かしていくべきだと感じる。人の大勢いるところではマスクをして、外から帰ったら手洗いうがいを欠かさず行う。今やマスクも容易に手に入るようになった。

そういえばコロナ禍の頃ってなんであんなにマスクが手に入らなかったのだろうかと思う。もちろん命に関わることなので軽く扱って良いものではなかったが、世間が感染に対して過剰にピリピリしていた。抑圧されている自分のストレスをぶつけるかのように直接関係なくても何かを叩いてしまうような風潮は、それ自体がアレルギー反応のようだった。実は弊塾にも"自粛警察"のような人からメールが届いたりもした。きっと私が何か勘に触れるようなことをしていたのだろう。状況を見て教室を休校にもしていたのだがそれは伝わらなかった。きっとそういう人は感染症を徹底的に防ぐあまり、こちらの努力や思いも完璧に防がれていたのだろう。無視していたらいつの間にか連絡は来なくなったが、抗体の皆さん、次はどんなことにお怒りでいらっしゃいますか。

いずれにせよ健康であることが1番大切。塾生たちには自分の体は自分で守るつもりで予防し、体調を崩したらすぐに適正な処置をしてもらってほしい。早く元気な姿を見せておくれ。

成績上げたいなら自習においで

自宅で集中して勉強できる子供はまずいない。塾講師をしていると結局この意見になってしまう

確かに家でも良いパフォーマンスで勉強できる子はいる。しかしそれは本当に少なく全体の5%もいないんじゃないだろうか。きっとそういう子は家族の協力体制がめちゃくちゃあって、勉強中は物音を立てないようにしてもらったり、集中力の妨げになるものを排除してもらっていたり、勉強部屋の環境を整えてもらったりしているはずだ。普通に複数人が生活している場での勉強はとても難しい。

人の集中力の持続時間は50〜90分ほどで、その中でも15分ごとに集中力が高まるサイクルがあると言われる。生活音がする場所で、集中力が最高まで高まるこの15分間をまず確保できるだろうか。テレビ、スマホ、その他の娯楽が全く意識されない環境、勉強以外のことをしている他の人が意識されない環境を15分間も自宅で持続させるさせるのは難しいと思う。そもそも生活とはそういうものなのだから。(ものすごい豪邸で何十メートルも部屋が離れてれば可能かも知れないが、私はそんな経験はないので分からない)

過去に「勉強は家でやるから」と自習に来なかった生徒たちの成績はおしなべて芳しいものではなかった。このことからも自宅で集中して良い勉強ができるとは言い難い。演繹法でも帰納法でもこのことは証明されてしまうのだ。本当に自宅で成績を上げる勉強ができる子は時間の無駄になるのでそもそも塾には通わない。

だから結論として、「弊塾に通うならば"自習"に来て下さい」ということになる。自習に継続して通った生徒は目に見えて成績が変わっていくのは帰納法で証明されている。

計算ミスはね、自分の学習姿勢のミスなんだよ

定期テストの数学できちんと学習内容を理解できているのに得点が9割を超えない中学生は、計算力を見直した方がいい。本来テストで分からない問題が1問くらいならば95点くらいは取れるはずなのだ。

80点台後半をうろうろしている生徒の失点は主に計算ミスにある。つまりは計算力。テスト中の焦りや緊張程度で揺らいでいるようでは計算力があるなんて言えない。いつ何時でも同じ計算は同じ答えが出なくてはならない。

計算で間違える子のほとんどは「"お手本"通りにできていない」。初学で習う時は必ず「途中式」も書いて教わるはず。その通りに途中式を書かないところから計算力の揺らぎは生まれる。四則計算さえできていれば、手順通りにやればどんな計算でも全て必ず正解に至る。それを途中式を端折ることで自分でつまづいている。中学生で定期テストが70点くらいの子、小学生でカラーテストが80点くらいの子はまず途中式が書けない。きっとどこかで"面倒臭い"という気持ちから途中式を省略しだしてしまった結果だ。それで暗算でなんとかしようとして、途中式を書いた方がずっと速いのにいつまでのウンウン唸っている。

計算間違いを"ケアレスミス"としてしまうのは間違いだ、計算間違いは「分かっているのに得点に結び付かなかった」重大なミスだ。そしてそれを引き起こしたのはかつての"面倒臭がって"途中経過を省略してしまった自分の怠惰な心だ。そのことを深く心に受け止め、計算過程に省略してしまった1行を追加することから計算力は回復していく。

答えを写してしまう子

分からない問題を"答えを写す"ことでやったフリをしている子は重症だ。学習姿勢が末期状態にあると言っても過言ではない。

きっと初めは些細なこと、一生懸命考えたけれどどうしても分からず、答え合わせの時に赤ペンで直すのではなくつい解答を写して丸をつけてしまったりしたのだろう。それを繰り返すうちに罪悪感は薄れ、答えを写していてもドキドキしなくなる。宿題でそれをやって提出しても先生に注意されなかったことで、自分の中の"タガ"が外れてしまったのかも知れない。やがて常態化し、自分で考えることをやめてしまう。提出物は全て答えを写すようになり、授業中も先生の目を盗んで解答を写すようになっていく。

そして答えを写すことでやり過ごすことを学んでしまったので、学校の授業も聞かなくなる。学習の穴がどんどん広がる。学校の授業は何を言っているのか理解ができなくなり、1日6時間の授業はただ我慢して座っているだけの時間になる。他の子たちは次々に新しい力を身につけていっているのに、その子だけは石のように固くなって座っているのだ。

こうなる前に早くその悪癖を治さなくてはならない。本来楽しいものである授業を"我慢"の時間にさせてしまわぬように。

英会話の落とし穴

成績を聞いてみると定期テストの英語が60点くらい。そこで「英会話通わせてるんですけど…」とおっしゃる。そんなご家庭が弊塾に面談に来られることが随分増えた。大体小学校高学年くらいから英会話に通い始めていて、「英検3級はもう取った」という状況。

きっと早期英語教育をということで英会話に通わせ、中学校での英語の成績も期待されていただろう。学校の平均点を下回る状況に忸怩たる思いもあるかも知れない。だがこれ、塾では"あるある"だ。

えてして早い頃から英会話に通っている子は英語のテスト勉強が得意ではない。実際にお子さんを預かって英語の指導を始めてみると、文法の力はスカスカで中学から英語を勉強し始めた子よりも知識がなかったりする。英語に早くから触れることで"もう英語はわかるから"という思いが1から勉強することを遠ざけてしまう。なんとなく「日本語は読めるから」と国語の学習をしない子の傾向に似ている。だから英単語だって書いて覚えようとしない。だが中学校で習う基礎英語は英文法が主体だ。ニュアンスでやってもテストの点は取れない。英検3級は取れたかも知れないが英会話では受験英語は乗り越えられない。

断っておくと英会話教室が悪いと言っているわけではない。英会話と学校の英語は別種目だと言いたいのだ。かけっこが得意な子がやったことのない将棋だって「できる!」と言っているようなものなのだ。まあまあまずは駒の動かし方を覚えようよ。そうすれば英会話教室で鍛えた耳だって発音だってもっと生きてくる。英会話と学校英語、"北極アイス"と"中本の北極ラーメン"くらい紛らわしいが別物だとご認識いただきたい。

合格発表

私立高校入試の合格発表が出始めていて本日報告に来てくれた生徒もいる。合格おめでとう!

受験は中学生にとって、おそらく自分が選別される立場になる初めての体験だろう。それまでこんな経験それほどなかったんじゃないだろうか、公教育では表向きは"みんな平等"だから。
高校受験の場合、一部を除いてそれほど熾烈でシビアな判断はないかも知れないが、社会が自分の何かを見てジャッジを下すというのは多少なりとも緊張や、もしかしたら恐れを感じたことだろう。"合格"とは「格に見合う」、その学校の生徒としてふさわしいかどうかを学校側が示す言葉だ。やっぱりそれは軽いもんなんかじゃない。

これから生きていく上で、何かに対する自分へのジャッジというのはどんどんシビアに、あからさまになっていく。だから受験でその世界に触れて感じたことを大切にしてほしいなと思う。選ばれる立場に立ったことで、それまで自分の感情だけで"嫌だから""面倒臭いから"と選ばなかったものにも意味があったんだと理解してくれていると嬉しい。今回は合格だったけれど、もし不合格だったとしても自分の頑張ってきたという事実に嘘はないはずだから。

私立高校入試

本日から埼玉県の私立高校入試が始まった。弊塾からも受験生が試験に臨んでいるがどうだっただろうか。

多くの生徒たちにとってこれが初めての本番となる。「併願だから」「推薦取れてるから」と余裕かましている生徒でもかつてない緊張感を味わっていることだろう。本番とはそういうものだ。

今年の受験は天候には恵まれた(寒いけど)。

私が高校受験で私立高校を受けた日は、たしか数日前に降った雪がまだ残っていたと思う。冷たい風の吹き付ける中、試験会場である高校の体育館にはずらりと並べられた長机とたくさんの緊張した面持ちの受験生たちがいた。
試験時間中、カリカリと鉛筆の走る音だけがする中、試験監督が机の左上に置かれて受験票の写真と本人の顔を確認して回る。当然不正はしてないので何も問題はないのだが、自分の番で何か言われたらどうしようと少し不安にもなった。2メートルほど離れたところに設置されていた石油ストーブがシュンシュンと音をたて、そこから伝わる放射熱が顔に届いてやけにチリチリと熱さを感じる、だがその熱に集中すると不思議と周りの音が消えていった。

受験生たちにとって、受験が良い経験となることを願う。

社会への興味

中学生時代、社会に興味が持てなかった。勉強にはそのことに対する興味が必要不可欠、だから5科目で社会の偏差値が1番低かった。

なぜ興味が持てなかったのか今なら分かる。"想像できない"からだ。地理でアメリカの農業を学んでも、歴史で豊臣秀吉が天下を統一してもイメージが全く湧かない。どの情報もつるんとして匂いがなく、文字から伝わる熱を感じ取れないでいた。

年を経て社会が好きになった。それは旅行をして多くのものを実際に見たことが大きかった。車で関東を出る時、日本は山の方が多くて自分はたまたま日本一広い平地に暮らしているだけだと実感した。海外でぼったくりに遭った時、「お金を払う人がエラい」なんてのは日本国内の文化でしかないことを知った。鹿児島にある洞穴の落書きを見て、西郷隆盛は最期どんな思いだったのだろうかと想像した。そこにはザラザラとした手触りの世界があった。

"経験"は子供の学力が机の上から外の世界に出るためのパスポートだ。

期末テスト勉強始めてる?

弊塾でも昔1度だけ、授業の"前倒し"をしてくださいと言われたことがあった。

前倒しとは、テスト日程の直後にある塾の授業をテストの前に行う行為。個別指導塾などでは常態化しているはずだ。
かくいう私も、個別指導塾の雇われ塾長をしていたときは応じていた。そもそもその塾の運営会社全体でそれをするのが当たり前という風潮もあり自分もこれが"サービス"だと思っていた。

結果、前倒しを求めたご家庭のお子さんは軒並み成績が下がっていった。
今になって思うと理由は明白だ。そもそもテストの直前に講師の指導が必要な段階で、その生徒のテスト準備は"終わってる"。遅くても数日前には範囲の学習が一通り済んでいなければ得点なんて伸びるわけがない。テスト数日前になって「前倒しお願いします」となっても時すでに遅しなのである。

実際に前倒し分の授業を担当したこともあったが酷いものだった。まず当事者の生徒がテスト範囲を把握していない。他の生徒から借りたテスト範囲を元にワークを開かせてみると手を全くつけておらず、授業の前倒し分でテスト勉強がスタートする。当然問題なんて全く解けないから最低限点が取れそうなところだけ教えて後は解答を写させる写経の時間になる。それでも仕方がないので提出分だけでも終わらせなと居残りをさせようとするとあからさまに嫌がる。生徒がワークを"無くして"いることがその段階で発覚した日には、講師ルームの中はお通夜のようになる。

そんな子供が授業を前倒しし、テストが終わった後2週間塾の授業がない状態が続くとどうなるか。その先の未来は容易に予想がつく。まず、場当たり的な指導しかできない担当講師の能力も問題なのだが、前倒しを"サービス"のように謳ってしまう教室のあり方にも問題があった。やればやるほど子供が愚かになっていくことは誰に向けたサービスなのだろうか。

さて、弊塾で依頼された"前倒し"だが、私は断わった。そしてそのご家庭は途中で退塾していった。親御さんには、私がサービス精神のない"ケチ"な人間に映っていたのかも知れない。

私立高校入試まで

いよいよ私立高校入試まで1週間程度となった。

「確約取れたから」
「すべり止めだから」

日本の入試制度の悪いところは、子どもたちのこういう発言に出ている。もちろん受験生を集めたい私立高の思惑と安心を買いたい家庭の間で取り決めされたことなのでこのことに部外者が口を挟めるわけではないのだが、これらの発言の「〜から」の後ろに続くであろう言葉を想像すると"勿体無い"と思ってしまう。

毎年私立高校入試の問題を見ていると、ある学校で出された問題が次の年には別の学校で出題されたりする。もちろん多少は形が変わるが、そうやって同じ問題が巡り巡って今年のどこかの入試問題になっている。それが入試の"典型問題"だ。その大元を辿っていくと、学力検査で"ちゃんと受験生を見たい"と思う学校の先生がいらっしゃるのだろう。そんな誰かの思いを"テキトーにやっても受かるっしょ"と軽く受け流してしまうのは勿体無い、と思うのだ。

だから私は公立高校第一志望の生徒の保護者の方にも私立高校入試の過去問も用意するようお願いをする。その問題が"なぜ"生まれてきたのか、までは考えなくとも、その問題に真剣に取り組んだことが生徒の今後に必ず役立つと確信している。

残り1週間、この過ごし方で受験が良いものにもそうでないものにもなり得る。塾生たちには問題との"良い出会い"をしてもらいたい。

冬期講習

本日で中3冬期講習の全日程が終了した。

正直言ってまだまだやりたいことはあるが、一通り中学生の内容を復習し、入試に向けた実戦的な指導もかなり加えることができた。自分的にはやりきったと言える内容になった。ここから私立高校入試までは10日ほど。生徒たちにはここからの勉強の仕方について具体的なアドバイスもした。ここから入試まではあっという間だけれど、これまでの中学生活2年半にも匹敵するような濃密な時間を過ごしてもらいたい。

生徒たちも休まずしっかりと取り組んでくれたと思う。夏前から比べて随分成長も見られた。受験は通り過ぎてしまえばあっという間のイベントだが、人を成長させる場だと再認識した。これまで勉強に割いた時間は決して無駄にはならない。指導は形に残るものを手渡すことができないが、生徒たちの中にそういった、何か確信めいた手応えが芽生えていてくれると嬉しい。

冬期講習

3学期がスタートして一旦休止していた中3冬期講習の残りを行った。

学習内容もいよいよ大詰め、中3の学校で現在進んでいるところを主に扱っている。毎年そうだがやはりまだ習熟の甘さが見られる。いやらしいことに、数学の図形分野や英語の不定詞の構文など、3年生の後半に習う範囲は入試頻出だ。ここを早急におさえる必要がある。受験生にはラストスパートを頑張ってもらうしかない。

当たり前のことだが、1年で習った範囲などは内容も易しくその後も何度も出てきているので定着度は高くなる。だが入試では3年の範囲が多く出題されるので、指導カリキュラムもそれに合わせていく必要があると思っている。学校の定期テストがコンスタントに配置されてるのでなかなか自由にやるわけにはいかないけれど。弊塾は生徒の多くが予習型で学習を進めるので、さっさと中学校の学習内容を1周して、2周目以降は前半を飛ばして進めていければいい塩梅に濃淡をつけて指導できるかもしれないなんて考えたりもする。でも積み残しがあると失敗しそうなので、問題演習量などで補うのが現実的だろう。

習熟が甘いといえば、最近の小中学生は「確率」が苦手な子が多い気がする。樹形図が上手に書けない。自分が何を数えたいのかを整理できていない印象だ。まずは愚直に全ての場合を書き出してみて、それを効率化するために表を使ったり樹形図にしたりするという流れで指導する必要がある。いくつかのものを分類したり数えたりという経験があまりないのかもしれない。
あと単純に"トランプ"を見たことない子が増えてきた。絵札って何?マークって4種類あるの?このあたりから実物を持ち出して説明しなくてはならなくなっている。もうトランプは国民的遊戯ではない。それよりも「太郎君が、はま寿司でお父さんの目を盗んで食べた金の皿のお寿司は何枚でしょう?」のほうが親しみやすいかもしれない。はま寿司算。

受験生にとっては3連休などないが、最後まで一緒に駆け抜けていきたい。

冬期講習

「常に本番を想定して備えよ」

生徒には意識してもらいたいことだが、なかなか難しいことでもある。こと受験においては、実際に味わうまでそれがどれだけ緊張するのか、想定外のことが起こるのかは分からないものだ。

今日の冬期講習国語の時間では、古文の本文を生徒にいきなり現代語訳してもらった。普段は私が解説を加えながら訳も行うので、「はい、じゃあ訳して」と言われたときはさぞかしドキッとしたと思う。"次は自分だ"と、急に助動詞表を引っ張り出したり机の上でジタバタし出す生徒たちの姿が見られた。結局は授業を"受けて"しまっていたのだ。つまり本番とはかけ離れた精神状態だった。授業中に自分が"安全圏"にいるなんて思ってはいけない。一瞬たりとも腑抜けた顔を見せるな、授業の主役は君なのだから。

その意味では私の先生は本当にすごい人だった。チャイムが鳴って教室に入ってきた時から空気が張りつめ、授業が終わり教室を出て戸を閉めた瞬間に生徒たちは大きく息を吐く。そんな場を支配するオーラを持った人だった。"聞いてませんでした"と同じことを聞き返すことなど許されない、一言一句聞き漏らすまいと前のめりに授業に参加した。自分はまだまだだ、師の背中はまだ見えない。

しかし今日授業で当てられた生徒が訳を終えた後、水筒の飲み物を一気にあおっていた。少しは本番の空気を演出できただろうか。きっと本番を終えた後も喉はカラカラになっているはずだ。

2026年スタート

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

通常授業に先駆けて、2026年の指導が中3冬期講習からスタートした。
体調を崩す生徒もなく、去年と同じ"おはようございます"から始められたのが嬉しい。

数学の図形問題、国語の古典読解、理科の問題演習などは解説中心に進め、社会の近現代史は演習中心で進め都度補足説明を行った。入試は満点を取らなくてはいけないテストではない。ゆえに他の生徒が取れる問題は絶対に取りこぼしのないようにしておくことが大切だ。高校受験でうまくいかない生徒は入試日に学力が底抜けしてしまっている生徒。そういう生徒は入試1、2ヶ月前であってもどんな勉強をしていたのかフワフワしていて内容がない。この時期に密度ある勉強ができているかどうかがとても重要だ。
難しいことなんてできなくていい、できて当たり前のことを100%できるようにしていくこと。これを受験生たちには徹底させていきたいと思っている。

冬期講習年内最終日

中3受験生の年内の冬期講習が終わった。
まだ全行程の半分も終わってないけれどこれで一区切り、ふぅ。

進捗状況としては社会と数学がいいペース、国語と英語が予定通り、理科がほんの少し遅れ気味。後半少しカリキュラムを変更するかもしれないが概ね順調だ。生徒たちも前向きによく頑張っている。きちんと分からないところは分からないと言ってくれるのがありがたい。正直「これは最低限できていてくれよ」と思っているラインを下回ることもしばしばだが、その都度補うことができいる。その分説明量が多くなっているため授業後に毎回かなり喉が掠れて大変だが、この痛みで「仕事をしてるぜぇ〜」と実感するのだ。

学力の崩壊は基礎の積み残しから起こる。入試問題を解いてみてできないのは、その問題に取り組む以前の更に以前、基礎の抜けにあることが多い。だから今一度基礎事項に満遍なく触れ、抜けを補っていけば入試得点力を更に伸ばすことができる。その作業と、実際に入試突破演習を組み合わせて進めている。ここでの"もうひと押し"は入試当日に「やっておいて良かった」と生徒に思ってもらえるものを繰り出そうとし続けている。

学習塾はもちろん顧客の目的達成のため、生徒を受験に合格させるための施設だ。しかし、それだけでなく指導を通じて今後生きていく上での何かヒントや力になるものを手渡す場所でありたい。受験を見据えて毎日の板書は作成されていく。だがどのタイミングであってもいつか子どもたちの後押しになるもの、そんなものにホワイトボードマーカーのインクを変換していきたい。

今年はお世話になりました。また来年もよろしくお願いします。良いお年を。

冬期講習

冬期講習が進んでいる。文字通り"進んで"いる、ものすごいスピードで。1日に方程式の文章題を何題も解説し比例・反比例、1次関数の内容まで入っている。社会も地理分野の復習を終わらせた。

日数も少ないのでその中でできる限りのことをしてあげたい。だからやると言ったらやる。生徒たちには、私のこの完遂に対する執念のようなものを受け取ってもらいたい。そして自分が取り組んでいる小テストに対して「このくらいでいっか」という妥協を完全に払拭してもらいたい。今日は不合格だった生徒は合格するまで再テストをさせた、そういうこと。

冬期講習

本日から中3受験生の冬期講習が始まった。"ほーらクリスマスプレゼントだよ〜"ってな具合に。

準備の方でちょっとしたバタバタがあったのだが、初日は無事終了した。生徒たちもリラックスしつつも集中して楽しく受けてくれていたと思う。
冬期講習のねらいは「入試実戦力の養成」なので、普段よりも本番に即した指導ができたと思う。生徒たちの様子を見てみると、夏期講習で仕込んでおいたタネが立派に芽吹いて育っている…と言えればいいのだが、まだまだな部分も多い。しかし、夏の頃に比べて明らかに解くのは速くなった。問題を解く速度もそうだし、問題に取り掛かるまでの速度も段違いだ。日頃から鍛えていなくてはこうはならない。"みんな成長したな"と思った。夏よりも期間は短いので密度を限りなく濃くして提供していきたい。

トンネル

中3受験生は第7回北辰テストも終わった。2学期期末テストも終わり、受験シーズン突入秒読みとなった。

この時期になると毎年私は、トンネルの中にいる想像をする。入試前のテスト関連が一通り終わり、受験生は自分の力を測る物差しがなくなる時期。それがさながら暗いトンネルの中を走っているようなイメージで頭をよぎるのだ。

きっとこのトンネルの中でも熾烈な順位争いは続いており、前にいるライバルを抜かす子もいれば逆に抜かれてしまう子もいるはずだ。頼りになるのは"今日やった勉強内容"だけ。もしかしたら不安に足を止めてしまう生徒もいるかも知れない。でも走り続ければその先に必ず出口の明かりが見えてくるはずだ。私も伴走する。自分を信じて走り続けてほしい。

ハチミツ

保護者の方から差し入れをいただいた。
ゆずのハチミツ。お湯に溶かしたり、お茶に入れたりして飲んでくださいとのこと。

これから冬期講習なので体を気遣ってくださったのだろう、こういう気持ちが嬉しい。
私はこんな商売をしているくせに喉が弱いのでありがたい、ハチミツって本当に効くからね。
これは残念ながら生徒に配布するわけにはいかないので私が独占させて頂こうと思う、すまんね!

差し入れをいただきました!

保護者様より差し入れをいただきました〜。ありがとうございます!

ファイル棚の上にあるので、ほしい人はどうぞ〜。

マリオネット

期末テストが近づいてきた。

私はよく生徒に「テスト範囲どこだっけ?」と訊く。
範囲表は見せてもらってるので本当は聞かなくても分かるがあえてやる。生徒の意識づけになるからだ。テスト勉強の計画は大枠を決めることから始まる。そのためにはテスト範囲がわからないとできない。範囲表が出ているのにその確認をしていないのは"勉強をしません"と言っているのと同じだ。

だから私のほうで範囲を確認し、その内容にあった対策を施してしまうとその子はいつまで経っても自立して勉強していくことができなくなってしまう。親がなんでもかんでもやってあげてしまうと子供がだらしないままになってしまうのと同じ。自己管理の力は学力に影響する。なんでもかんでも手取り足取りやってあげてしまう塾に存在価値はない。

インフルの流行

ちょっと異常なほどインフルエンザや風邪が流行っている。
塾生の休みも非常に多く、学校の話を聞いてもすでに学級閉鎖の話題が4件くらい出ている。
テスト直前なので罹ってしまった子は不憫でならない。

こればっかりは気をつけても防ぎきれないこともあるので仕方ないが、本当に体調には気をつけて。
手洗いうがいをしてしっかり睡眠もとろうね。

猛烈に勉強している君へ

今日は中3生にとって期末テスト前最後の土曜日だ。
受験生は1秒たりとも無駄にはできない時期。今日は朝からすでに10時間くらい勉強をやっている子もいるはず。

この時期は焦りが出て勉強が手につかないとなってしまう子もいたりするが、「勉強の悩みは勉強でしか解決できない」。焦りの元を辿ればきっとその結論になる。成績が伸び悩んでいて焦っている子は1度基本に立ち戻り、自分の基礎力がちゃんと固まっているのかを見直した方がいい。偏差値が60以上ある子でも基礎がスカスカなんてことはザラにある。基礎問題をしっかり復習し、前よりも歯車がガッチリ噛み合うような解き方ができるようになっていくとそれが自信につながり成績が伸びる。

インフルエンザが猛威をふるい出している。もうすでに何件か学級閉鎖が起こっているとも聞いているので、体調管理に気をつけて勉強に邁進してもらいたい。

今年も2ヶ月を切った

2025年もあと2ヶ月を切った。本当にあっという間だ。

受験生も腰を据えて勉強できるのはそれまでと考えておいた方がいい。年が明けると受験が始まる。そうなるともうあっという間に受験生期間は終わってしまう。あと2ヶ月、1日たりとも無駄にはできない。

まずは2週間後に期末テストを控えているのでそこにしっかり照準を合わせて勉強し良い成績を目指そう。人生で「これほど勉強したことはない」というくらいに振り切っていこう。

生きた知識には敵わない

小学生の頃、「電車」にやけに詳しい友人がいた。当時の私はまだ知らなかった東武線の駅を順番に全て言えたり車両がどうだとかなんとか、今でいう"乗り鉄"というものなのだろう、当時はそんな言葉はなく私も彼の知識量の多さに驚き半分、呆れ半分で話を聞いていたような気がする。

今思うとその子の知識は鉄道に関するものを超えて地理の世界に差し掛かっていたような気がする。「自転車で北千住まで行った」「途中梅島陸橋が」当時の私は世界がこんなに広いなんてことは知りもせず、当然出てくる地名も分からず彼の話す話を興味なさそうに聞いていたと思う。私には近所の草むらで捕まえたカマキリの入った虫カゴの中だけが世界だった。

今、YouTubeで旅行チャンネルのようなものが好きで見る。アラスカ州のバローに行ったり、中国と北朝鮮の国境沿いに行ったりするようなちょっとした冒険ものがお気に入りになった。国内・海外問わず多少の旅行経験を経て「もっと色々なところを見てまわりたい」と思うようになった。地理は体験の学問だと思う。実際に行ったり見たりしなくては分からない空気がある、人の生活がある。そういうものをもっと知りたい。地理を教えていると、ただの知識の伝達になっていることを残念に思うようになった。

きっとあいつは、もっとカラフルな地理を教えられるのだろうな、と思う。

外から見たその激しさ

地球の自転速度はおよそ時速1670kmらしい。緯度の関係で日本にいる場合はおよそ1500km。新幹線の5倍。太陽の周りを回る公転速度に至ってはおよそ時速11万km、もう想像もつかない。

それだけの猛スピードで動いているのに、大気や重力の関係で地球上にいる我々には普段そのスピードを全く感じられない。おぎゃあと生まれてくるときに、つむじがぐるぐる渦を巻いているのだから何かしら影響は出ていると思うのだが不思議なものである。

これと同じで、成績トップ層の子達はバリバリと勉強しているが、当の本人は涼しい顔をしているどころか"まだまだ足りない"と思っているくらいなのだ。その速さ、激しさの中に身を置いているものには感じられないスピードなのだ。コツコツと継続し、その中で徐々にスピードを上げ集中力を高め密度を濃くしてきた人の勉強はまるで台風だ。だが本人はそれが"当たり前"になっているので台風の目の中にいるように穏やかな顔をしている。

選択に悩むのはそのことを知らないから

読書の話をしていて、「本屋に行っても何買っていいか分かんない」という生徒がいた。本屋にはたくさんの本が並んでいて、何を手に取れば"正解"だろうかと思ってしまうのだろう。それは「自分の読みたい本」が正解なのだが、まだ自分に読みたいものができていない時期の悩みだと思う。やはり最初の読書体験は周りの大人が本を一緒に選ぶところから始まる。

自分の中学生時代、本は迷わず手に取っていたが、友達と遊びに行く時の"服装"で悩むことはあった。何を着たら"正解"なのか分かんない、と。何を着たところで自分の足が伸びるわけでも頭が小さくなるわけでもないのに。フランケン少年も思春期だった。
同様に、今サブスクで何かを選んで楽しもうとする時に似たような感覚になることがある。要は"多すぎる"のだ。一度に全部見せられても選び切れない、とっかかりが欲しいと思ってしまう。ある程度ガイドがあればそのあとは上手く歩けるようになると思うのだが。

きっとこれが、受験生になって学校選びをするときに「どこでもいい」という子の心理なんじゃないだろうか。結構いる。きっとそういう子は持っている情報が少なくて選ぶための基準がまだできていないのだ。そんな場合はとにかく情報を持たせてあげるのがいいだろう。一緒に学校調べをして見学に行き、実際に校舎を見てイメージができれば少しずつ変わっていく。親の「行きたい学校でいいよ」は、子供が最終的に2択に絞ってから言ってほしい言葉だ。

ただし学校見学に行くと「綺麗な校舎がいい」となって私立を選ぶ傾向がある気もする。校舎の築年数はその学校の本質ではないと思うので他の情報も必須、校舎の綺麗さは1週間も通えば飽きる。

文明の夜明け

誰だって"怠けたい"ものだと思う。洗い物はたまるしトイレ掃除は憂鬱、「Uberもっと安くならないか」って思ってる。

でもこれは太古の記憶が人類の遺伝子に組み込まれているせいだからなんじゃないか。他の動物を追っかけて生きていた時代、いつも食べられるわけじゃなかったのでセカセカ動いてしまうとカロリーを消費してしまう、だから動かなくていいならできるだけ動かない。うん、きっとそうだ(個人の感想です)。

そんなわけで、誰だって"怠けたい"。これは成績優秀者、トップ層の子でも同じだ。学年トップを取ったことのある子に「休みの日は何してる?」と聞いたら「ゴロゴロしてます。」と、休日のお父さんみたいな返事が返ってきたことがある。

でもそういう子は勉強を完全にOFFにはしない。休んで、怠けて、ゴロゴロしているようでも、"ほんのちょっとの勉強"は必ずやっている。竈門の火を完全に消すことはないのだ。なぜなら勉強を完全にやらなくなってしまうと再始動するのが大変なことを知っているから。このあたりが"やらなきゃ怒られる""やらなきゃヤバい"となってから勉強し出すウホウホ原始人とは違うところ。

テスト前だけジタバタして結局成績が上がっていない生徒は、早いところ勉強の稲作を始めた方がいい。

「"ダム"って何ですか?」と聞かれた日に思ったこと

ここ数年、理社の質問をしてくる子と話をしてみて感じるのは「モノを知らないな」ということだ。以前は理社が苦手でも妙に詳しい分野があったりする子もよくいたのだけど、今はそういう子に遭遇することが減ってきたように感じる。

しかしそういう子が無知なわけではなく、きっと私と会話する内容以外のことで詳しいことがあったりするのだろう。「モノを知らない」の"モノ"とは、私の生きている世界に存在する"モノ"だ。

スマホの普及で見ている世界が細分化されているというのはあると思う。その子の普段見ている、生きている世界が勉強に出てくる用語や世界と重なっていない、だから既存の勉強世界の言語で話しても通じない、その子の世界にその用語は"存在しない"から。

そう考えると、もう今のテストで人の能力なんて全く測りきれていないのだろうし、そういう新しい学力みたいなのを育ててる子たちが良い高校・大学に行くには、"外国の文化・言語"を学ぶような障壁があるのかも知れない。まだ勉強の世界は既存の価値観で動いているからだ。

積立て勉強貯金

子供の頃は、自分に経験が積立てられていくなんて実感が湧かなかった。やったこと経験したことが自分の知識になって経験になり、力になっていく。それが人間としての厚さになっていくのかな、なんてこの年になって考えるようになった。もっと早く分かっていれば…。

積立てで効果が出やすいものの中にダイエットや筋トレがあると思う。だから大人になってハマる人も多いのだろう。積立てはお金だけじゃないのだ。

そして勉強も同じで、積み上げれば割と早く効果を確かめられるものだと思う。高校受験・大学受験で、もっと直近では学校の定期テストでその効果が表れる。成績はどれだけ積み上げられたかの数値化だ。そう考えると恐ろしい、自分の預金通帳を公開するようなものなのかも知れない(ちょっと極端すぎるかな)。

今日勉強している子は、スマホをいじってる子よりも確実に積み上がっている。

学習姿勢の矯正

勉強が「ポーズ」になってしまっている子というのが一定数いる。
実際に自分の力になるやり方ではなく、見ている人に"自分はやってますよ"とアピールするだけのもの。
形だけの学習なのでいざテストを受けてみると全然できていない。そして結果が出た後で「一生懸命やったんだけどなぁ。」と言う。
しかしこれを責めることはできない。こういう子は自分ではちゃんとやっているつもりなのだ。だが結果が示す通り力になっていない。なぜか。

どうも「勉強しなさい」とか「宿題やったの?」とか声をかけられ続けるとこのタイプになりやすい気がしている。これらの声掛けは勉強を"やれば"、宿題が"終われば"追及されることはなくなってしまう。つまりはポーズで済んでしまうのだ。ある意味では被害者だろう。しかし声をかける方も「勉強しなさい」の中には当然"効果のある"を含めているつもりだ。子供の学力を伸ばすためにグッと入れた力が横にグニャリと逃げていってしまう状態になっている。その入れた力を伝えるための仕組みがないばかりにお互い不幸になってしまっているのだ。

実はこうなってしまった子の学習姿勢を矯正して、再び勉強ができるようにするのはかなり骨が折れる。ポーズをつければ"許される"経験を得てしまう、変な歪みがついてしまっているからだ。こうなってしまうと何も間違ったことをしているとは思えないので、なかなかやり方を自分で変えていくことができない。なので徹底的に実力主義、結果で判断される場所に身を置いて、"結果を出さなくては意味がない"を自分が納得できるまで矯正を続けるしかない。

テスト直し

中間テストの答案が返却され始めた。返却されたら塾に持ってきてください。

すでに見せてくれている子もいて、良い点数だった科目も残念だった科目もある。だが大事なのは次に繋げることだ。良い点数だったものは次もそれをキープしたいし悪い点数だったものは反省して次は良い点数を取れるように頑張ってもらいたい。
そのために必要なのが「テスト直し」だ。

テスト直しをするとき"悔しい気持ち"を持ってできているか、これに尽きると思う。
学校の定期テストでできなかった問題、間違えてしまった問題を悔しいこととして捉えて勉強できる人は成長する。次は間違えないようにしようと意識するからだ。ただ解説を読んで「わかった」なんてやっていても何の意味もない。同じ問題が次に出ることはほとんどないので、テスト直しでするべきは間違えた問題の解き直し以上に、「次はどうすれば全部の問題に答えられるようになるか」を考えることだ。

伸びていく子はテストが終わった後もそのテストのことを引きずってるくらいの子だと思う。切り替えは大事だけれど、結果の痛みを忘れるようでは次につながらない。

自習室で静かな生徒

越谷という場所のせいか、このあたりの中学生で優秀な子の中にはもっと上位校に行ける力があっても「越北でいい」という中学生が結構いる気がする。

昔勤めていた教室で、いつも自習室の隅で勉強している受験生の女の子がいた。いつもいつの間にか塾にいる感じで、メインの自習室ではなくサブで用意していた机が2つだけの隅っこのスペースで勉強している。そして質問に来た生徒やアルバイトの先生でごったがえす塾のゴールデンタイム、職員室が騒がしくなっているときは気配が感じられず、生徒たちが帰ったり授業が始まったりして喧騒が過ぎ去った後、私のところに質問を持ってくる。当時教室長をしていた私は職員室にいたのでその流れが見えていたけれど、他の子と時間の流れが違うような生徒だった。

模試の偏差値がすこぶる高く、学校の成績も申し分なかったことから一度「浦和一女受けない?」と言ってみたのだが、その子は「越北でいい」と言った。まあ、自分で考えてのことなのだろうなと思ったのでそれ以上は特に何も言わずにその子は越谷北高に進学していった。

塾の最後の日その子が私宛に手紙を書いてきてくれていたのだが、そこには「勉強が嫌いだったけれど、先生のおかげで楽しくなった。」と書いてあった。それまでそんな素振りは全くなかったので成績優秀な子の中にも勉強嫌いを明言する子がいることに驚いたが、それでも楽しく塾で過ごしてくれていたのだなと思い嬉しかった。

2学期中間テスト

明日からは近隣の中学で中間テストが始まる。
本日は3連休の最終日。さすがに遊んでいる塾生はいないとは思うが、精一杯勉強して後悔のない当日を迎えてほしい

自分の中高生時代を振り返って見て、「他人の努力量」と言うのはあまり見えていなかったなぁと思う。もちろん見えていたからと言って自分も負けないように努力できたかは分からないし、そもそも勉強は自分との戦いなのでそこを気にしていても仕方がない部分もある。しかしもう少し自分に危機感があったらもう少しやれたんじゃないか、と思うこともある。

テストの直前、前日などは10時間以上勉強できてはいたが合計で100時間には届いていなかったと思う。塾講師になってみて、学年のトップクラスの子はやっぱり100時間はやってるなという印象だ。それに、毎日コツコツと積み上げる1日2時間の学習が伴って学年でトップを取れる器になるのだな、と思う。とどのつまり、できる子はやっている。

この仕事に就いて、当たり前のことをきちんとやる人が成果を出す、そして後悔は先には立たない、という至極真っ当なことを感じている。

定期テストの勉強

もし自分が中学生時代に戻ったら、と言う妄想シリーズ。

5科目分の定期テストの勉強について「自分だったらコレをする」ということを書き殴ってきたが、どの科目でも「教科書」と「学校のワーク」から手をつけている。結局大切なのは教科書レベルの内容の習得で、その練習に学校のワークが最適だと言うこと、学校の定期テストはそれらから出題されることを伝えたい。

やっている量の割に成績がイマイチな子の中には、"あれこれ手を出しすぎている"と言う場合がよくある。塾のワークやプリント、親に買ってもらった問題集、もちろん学校のワークや配られたプリントも…と目につくもの全てをやろうとしてしまうあまり、ひとつひとつが"薄く"なってしまっているのだ。結局どの教材もきちんと習得できずにテストを受けているものだから点数が伸びない。

確かに一度やった問題をもう一度やるよりも新しい問題に手を出したくなる気持ちはわかるが、大事なのは新しい刺激を求めることではなく身についているかどうかだ。プロスポーツ選手でも毎日素振りをする理由と同じ。単調なことでも繰り返した先にはすごい結果が待っている。プロとは普通のことを想像を超えるくらいやり込める人のことだ。あれこれ手を出すよりも"この1冊と心中する"つもりの1冊(この場合は学校ワーク)を決めてそれをやりこむ方がテストの点数は高くなる。何ページにどんな問題が載ってたか言えるまで繰り返してるか。通知表で「4」が取れない子は一度、やることを絞り込んでみた方がいいかもしれない。

定期テスト社会の勉強勉強

もし自分が中学生に戻ったら、という妄想シリーズ。

定期テスト社会の勉強には自分なりの一家言がある。「教科書に始まり、教科書に終わる」。とにかく教科書を読み込むことをすると思う。

とはいえ勉強のスタートは学校のワークから行うと思う。まずはワークで用語を全て暗記する。そのために最初からワークを解くことなどしない。いきなり解答を見て答えを書き込んでいってしまう。それを暗記マーカーや何かで隠しながらさっさと暗記作業を行う。"分からないところは教科書を見ながら埋める"と言うワーク1周目をやるなんて本当に無駄な作業だと思う。終わった後、満足感以外に残るものはあるのか…とにかくテストでは頭に入ってる者が勝つ。学校のワークなんて暗記用教材にすぎない。

しかし学校のワークを全て暗記してもテストでは80点くらいにしかならないだろう。それを超えて行くためには記述問題や資料問題への対応。そのために教科書が必要になってくる。教科書のテスト範囲は全部音読。毎日1回読めば2週間で14回。これだとやや足りないのでもう少し前か2日2回くらい読んで30回くらいは反復しておきたい。割と教科書の本文そのままの問題や解答と言うのも多い(これは入試問題でもそうだったりする)。そして定期テストで出題される資料問題の資料は教科書の欄外から引用されることが多い。テストの答えを与えられているのでそれを見ておかない手はない。欄外のコラムや資料の解説は入念に読む。結構面白い。

地理ならばその上で地図帳を開いて気候区分や山脈・川などの自然もチェックする。テスト前だとすでに遅いが、白地図にまとめると頭に入りやすい。歴史なら資料集で文化史や年号も確認する。出来事の並び替え問題も最近は微妙にいやらしいものが出たりするので流れとともにその流れに関係なさそうなポッと出てくる出来事の時系列も押さえたい。

あとはとにかく記述対策。これは地歴公民いずれも流れ・背景の理解が大切だ。なぜ徳川慶喜は大政奉還を行ったのか、なぜヨーロッパ州は高緯度なのに気温が穏やかなのか、人に語れるくらいの「社会マニア」っぷりが欲しいところ。そしてこれらは教科書をどれくらい読み込んでいるかが大きく影響する。昔越谷北高に進学した女の子は社会の教科書を読むだけで北辰偏差値70を突破していた。その子の教科書はマーカーが重ね塗りされていてボロボロだった。社会の勉強は教科書に始まり教科書に終わる。社会に関していうと、あまり様々な問題集などを手広くやろうとしなくていい気がする。

定期テスト理科の勉強

もし自分が中学生に戻ったら、と言う妄想シリーズ。

定期テスト理科の勉強は、"理解していること"に重きをおく。
大きく分けて問題の種類は"理論の問題"と"実験考察問題"に分かれ、問題の内訳は"知識""記述""計算"の3つに分かれる。そのどれにも重要なのが理解で、用語を暗記しているだけでは太刀打ちできなくなりつつある。

まず用語の知識は早急に固める。学校のワークを使って用語の暗記をする。用語のページが空白のままでも用語を入れながら読めるようにする。そして今度は反対に解答の用語からその定義を説明できるようにする。過去に近隣の中学校で用語の定義が中心の問題構成の定期テストがあって、"いい問題作るな"とは思ったがその回の平均点が阿鼻叫喚の結果になっていた。本当は学校の先生方も生徒にここまで求めたいのよ。

用語が一通り入ったら今度は実験考察問題の対策をする。これはよく出るパターンが学校のワークにも載っているのでそのポイントを押さえるようにする。遺伝の範囲ならば孫の代までの掛け合せを理解、電力の範囲ならば電熱線で水温を温める実験、化学の分解ならば酸化銀・炭酸水素ナトリウムの熱分解と水の電気分解の実験は押さえる。その時に頻出の記述問題もあるはずなので理解して解答を丸暗記。試験管を傾ける理由なんて自分が実験して割った時のことを思い出せ。記述問題になりやすいのは実験上の注意点からだ。

それができたらいよいよ計算問題対策、ここはみんな嫌いで嫌厭するのでここができると一気にトップクラスへ昇格できる。実験考察問題の最後の問題として出てくることが多いので、学校のワークの問題を大切に解けないものはないようにしておく。その際ただ式が建てられるのではなく、なぜその式になるのか人に説明できるようにしておくことが肝心で、問題をひねられたときに対応できるかどうかはこう言う訓練をしているかにかかっている。地震速報と地震発生時刻の計算問題や化合の過不足のある問題などなかなか難しいものもあるのでワークだけで不安な場合はそれ以外の問題集にもあたりたい。

あと理科(と社会)の学習で大切なのは「図解」だ。勉強するときに自分で図を描くようにすると学力が跳ね上がる。花の断面の絵は描けるだろうか、寒冷前線の断面図は?1枚の紙に図を描いて学習事項を書き込む勉強をしておくと頭が整理されやすい。問題を解くだけが勉強じゃない。

定期テスト英語の勉強

もし自分が中学生に戻ったら、と言う妄想シリーズ。

定期テスト英語の勉強は、とにかく音読をする。
今の中学英語は教えることが多くなってしまったせいか、教科書を使う機会が減っている気がする。しかし教科書に載っている英文のレベルは昔と比べるとめちゃくちゃ高い。この文章をきちんと習得するだけで高校受験はおろか高校生になってもしばらくは困らないと思う。

定期テストに向けての勉強は、まずは教科書の音読。該当範囲の本文が載っているページは暗唱できるようになるまで繰り返す。英文の暗唱は頭の中で同時に日本語訳も出なくてはできない。つまり暗唱をすることで日本語訳の勉強もできていることになる。だからここに時間をかけ丁寧に行う。本文の単熟語は全てわかる、文法はきちんと理解している。文構造はつかめているという段階まで持っていくとテスト範囲全ての英文を頭に入れられる。それまでは辞書との格闘をすることになるが、辞書を引く回数が多いほど実りも大きくなる実感がある。

それができたらワークの問題に手をつける。教科書ががっちり理解できているとワークを進める手も速くなる。語彙の問題や本文の内容の問題は割と問題なくできるようになっているはずだ。進出の文法問題は並び替え、穴埋め関わらず解いたら必ず自分で日本語訳も行う。問題になっている部分以外からも力は身につく。問題のもつ栄養分を全て吸収するつもりで勉強していく。

リスニングは配点が大きくなってきているので対策をしたいところだが、テスト直前期に効果的な勉強法はあまりない。今の教科書にはQRコードで音声が聴けるので、それを毎日聴いてシャドーイング(追っかけて発音)する。頭の中で日本語訳も行う。
英作文対策は1人でやることが難しい。問題を解いたら学校や塾の先生に添削をお願いする。意外とこういうことをすると先生から解説の"おまけ"をもらえたりするので利用できるものはどんどん利用する。
あとは単語の暗記や文法問題の上積みを作っていく。単語力の弱い生徒はいくら文法を理解してようが、"昔英会話をやっていた"だろうが中学校の英語で成績上位には入れない。語学の力は語彙力の上に成り立つ。

定期テスト数学の勉強

もし自分が中学生に戻ったら、と言う妄想シリーズ。

定期テスト数学の勉強はとにかく経験値を稼ぎまくると思う。さまざまな問題集のテスト範囲の問題を解きまくる。ただし学校の定期テストは学校のワークと教科書に載っている問題からの出題がメインになる。だからそれらの解き直し、反復を繰り返しつつ行う。

まずは学校のワークのテスト範囲を一通り「解ける・解けない」と仕分けする。テスト直前期にできる問題に時間を割くのは勿体無い、それは日常学習で計算力を養う時にすべきだ。なので問題を見てパッと解法が浮かぶ問題は「解ける」、それ以外は全て「解けない」として解ける問題の横に小さく「○」の印をつける。これが全問題につくまでは解説を見て解き方をなぞって解いたり、解き方を頭の中で人に説明するように追って見たりして繰り返す。この時手を動かさないと身につかないのでメモ紙などに書き殴りつつ行う。

計算問題などはB問題など難しいものから手をつけて、できればOK、できなければ簡単な問題へと戻る。文章題は問題文を読んで立式できればOKとする、計算まではやらない。関数・図形・確率は丁寧に一つずつ問題を洗う。定期テストで応用問題が出ることは稀なので確認〜標準レベルの問題でできないものはない状態を目指す。

学校のワークと教科書だけでは対した問題数はないので、経験値稼ぎで他の問題集があれば、ここまでできた上で手をつけていく。この時に少しレベルの高い問題にもチャレンジしておく。この作業が今後の応用力を伸ばす。また応用問題は基礎の組み合わせでもあるので、応用問題を解くことによって基礎事項の確認にもつながる。あとは前日きちんと寝て頭がしっかり働くようにしておく。

定期テスト国語の勉強

もし自分が中学生時代に戻ったら、という妄想シリーズ。

定期テスト国語の勉強は何をするか。まずは1にも2にもなく学校のワークの暗記から行う。説明文も小説文も、学校ではワークの問題を元に記述問題が作成されている。だからワークの記述問題の解答も1字1句丸暗記する。ただし内容の理解が伴っていないと出題の角度を変えられたら太刀打ちできないので内容理解に努めつつ暗記。なぜその答えになるのかを学校の授業の板書ノートと解説から理解する。そして教科書本文の該当箇所を「筆者はここでこう言っているからこの設問の答えはこうなるのか」と理解できるようにきちんとひろっておく。

続いて教科書の読み込みを行う。これは完璧じゃなくとも本文が概ね頭の中に入れば20〜30回くらいでよしとしておく。その際読めない漢字や知らない表現や言葉遣いはなくなるように辞書も使う。本文の後ろには作品の概説が載っていたりするのでそこも何度かは読む、筆者の他の作品や作品の時代なども問われることがある。和歌や古文は本文・作品を暗唱できるようにしておく。本文の穴埋めが出題されたら点取り問題だ。もちろん現代語訳・解釈の暗記もやる。中学時代にこれを一生懸命やっていたおかげで古文の力がついた記憶がある。品詞分類まではできなくとも、文節ごとに訳を対応させられるくらいにはしておいた方がいい。重要な古語や和歌の表現技法などはこのタイミングで覚えてしまう。

そして作文対策。これは学校でお題が出ていればその内容をざっくりと考えておく程度。大体は出たとこ勝負になるので日頃から作文練習をしておくしかない。ただしテスト中はここに時間を取られすぎないように気をつける。時間配分大事。

それから漢字や慣用句などの語彙問題対策。これは直前にも詰め込むが、余裕があったら1日20分くらいずつに分けて暗記する。ただし暗記は少しずつ進めるのではなく、出題範囲全てを7割くらいの出来でいいので繰り返す方が身につきやすい。少しずつ進めようとすると時間がかかりすぎる。ここに時間をかける生徒は成績が悪い。

最後に文法問題。まずは文法の知識は授業を受けている最中に覚えておくことが理想だが、もし忘れていたらその暗記から。そして問題を解きまくる。教科書、ワークに載っている問題はもとよりその他の問題集にも手を出したい。文法は完璧の基準が自分では測りにくい上配点がそれほど大きくないのでこちらもあまり時間はかけず、問題演習で実践的に身につけておく。

これらの内容をできるだけ高速で繰り返す。他の科目との兼ね合いもあるが2週間で10周を目標にする。後半復習が機械的に何も考えずにできるようになってきたら他の問題集にも手を出して経験値を稼ぐ。

中間テスト

中学校の2学期中間テストが近づいて来た。

今日はテストまでに残り2回あるうちのはじめの土曜日だ。土日は勉強量を稼ぐチャンス、おおいに勉強をしてもらいたい。
土日にそれぞれ5時間ずつ勉強できれば平日2時間しかできなくても2週間で40時間の勉強時間が確保できる。

そうしたら勉強の内訳としては、1科目に8時間ずつ割けるのでワークを1周目2時間くらいで終えられれば3周程度は反復し、そのほか暗記作業と教科書を少し読んだりする程度の時間が残される。今からでも平均点は十分に越えられる学習時間だ。

もちろんその子の元々持つ学力に左右される部分が大きいだろうし勉強は時間ではなく量、この残された時間内で何をするかにもよると思う。でも今からでも動く人と動かない人では結果に明らかな差がつく。勉強とはそれを学ぶ良い機会だと思っている。

友人関係のもつれ

中3受験生が部活動を引退してから2、3ヶ月ほど。この間に持ち上がってくるのはいわゆる"友人関係"の問題。仲間外れにされた、いじめられた、等々。私も数年に1度は必ず耳にする。これは秋が深まり受験の緊張感が高まってくると落ち着く。子供達もそんなことをしている"余裕"はなくなるからだろう。

昔別の塾で働いている時にあった印象的なのは、学校での友達グループの対立を塾に持ち込まれたことだ。
学校で何か揉め事があったとかで、塾の出口を出たところで1人を待ち伏せて複数人が文句を言ったそうだ。なんとも陰湿な話だ。該当生徒の親から相談され発覚した。その後塾の規約に従い厳正に加害生徒たちに注意を与えたのだが待ち伏せはなくならず、塾から少し離れたコンビニ前や公園で行われるようになり結局帰宅時は講師2人で被害生徒を家の近くまで送ることになった。注意をされた方の生徒も我々を逆恨みするかのような態度を取るようになり、塾でこちらが挨拶をしても無言で敵意を込めた睨みを返すようになった。そしてその加害生徒数人はまもなく退塾していった。一緒に対処してくれた講師たちを疲弊させる結末になってしまった。

自分の抱えるストレスを他者にぶつけることで解消しようとする人が一定数いるのだなという学びと共に、「退塾勧告をもっと早い段階で出しておくんだった」という反省の残る出来事だった。こういったものは"話せば分かる"になりにくい。